日経テクノロジーオンライン
雑誌 2012年5月号 特集

性能で差をつけるなら 自然の英知に学ぶ

2012/04/23 16:50
 

長い進化を経て生存に適した機能を獲得してきた動植物。そこには我々が思いもよらないメカニズムが潜んでいる。そうした優れた仕組みや構造を新技術のヒントにしようというのが生物模倣技術だ。環境対応としてあらためて注目されていることに加え、ナノテクノロジーの進歩で微細な構造を人工的に再現できるようになり、その適用先は大きく広がろうとしている。(吉田 勝)

潮流

生物模倣の実用例が続々登場、環境対応をナノテクが後押し

 生物や植物などの持つ構造や仕組み、形状などを工業製品に応用しようという生物模倣技術(バイオミメティクス)の研究や製品展開が今、「急速に盛り上がってきている」(東北大学大学院環境科学研究科教授の石田秀輝氏)。

 例えば、2008年から生物の形状を部分的にまねて効率や性能を高めた製品を市場に投入してきたシャープは、その動きを加速させている。積水化学工業は、2011年6月、木陰を模した日よけ「エアリーシェード」を発売した(図1)。風を通して熱を放散させつつ日光を遮熱するもので、木の枝などが持つフラクタル構造を応用している。

 生物や植物などの自然には、少ないエネルギで効率的に機能する構造や、常温・常圧という低コストの環境下で複雑な微細構造を形成する仕組みなど、長い進化を経て獲得した知恵が詰まっている。しかも、環境へ大きな負荷を与えることもない。そこには、従来の工学的アプローチとは異なる、新しいものづくりのヒントが潜んでいるのだ。事実、ある大手自動車メーカーでは製品を機能分解した上で、各機能を実現するすべを生物や植物から探る研究を進めているという。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

図1●積水化学工業の日よけ「エアリーシェード」
図1●積水化学工業の日よけ「エアリーシェード」
木の枝のもつフラクタル形状をヒントに木陰をイメージして開発した(a)。(b)は東京都内の設置例。

模倣1 蝶→扇風機ほか(シャープ)

機械系とは別の視点を求め、生物の優れた機能を積極採用

 「製品に求められている機能を検討する際、その機能に優れた生物が何かを探して、それを発現する要素を取り込むようにしている」──。

 こう語るのは、シャープ健康・環境システム事業本部要素技術開発センター第二開発室主任研究員の大塚雅生氏だ。同社は、アホウドリにイヌワシ、猫、蝶と、生物の特徴を取り入れて機能向上を図った白物家電を次々と世に送り出している。2008年に発売したエアコンから2012年4月に発表した扇風機まで、同社の生物模倣技術の適用例は既に5件、9商品に上っている。

 その最新作は、ムラの少ない快適な送風がウリの扇風機(2012年5月発売)だ。一般に、均一で柔らかな風を生み出すにはブレード枚数を増やす。しかし、送風効率や静粛性が悪化するという課題があった。新製品にはこのトレードオフを解決し、快適かつ静かで効率も高いという難題が求められた。このことを大塚氏から聞いた同じ第二開発室の公文ゆい氏の頭には、ほどなくアサギマダラ蝶が浮かんだという。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

模倣2 マグロ→船底塗料(日本ペイントマリン)

高速遊泳のメカニズムにヒント、塗るだけで燃費を4%改善

 大型のものは海の中を80km/hもの速度で遊泳するといわれるマグロ。確かに流線形で速そうな体刑をしているが、それだけでなく水との摩擦抵抗を減らす何らかの工夫があるはず──。そんな思いから生まれた製品がある。日本ペイントマリン(本社神戸市)が開発した防汚船底塗料「LF-Sea」だ。

 高速で泳ぎ続けるマグロは、鱗を持たずその体表面はぬるぬるとした粘液で覆われている。詳しくは解明されていないが、この粘膜によって乱流状態にある境界層の摩擦抵抗が低く抑えられているのではないかと考えられている。実際、液体にごく少量のポリマを添加すると乱流の液体摩擦抵抗が減少する現象(トムズ効果)が確認されており、これと同じことがマグロの体表面で起きているとみられている。

 「船底塗料開発という性格上、常に魚や海生生物などが製品開発のヒントにならないかと考えている」という日本ペイントマリン技術本部執行役員の山盛直樹氏は、ここに目を付けた。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

模倣3 ヤモリ→接着テープ(日東電工)

強い接着力の源は足の裏の毛、再現にカーボン・ナノチューブ使う

 2012年2月、日東電工はヤモリの足の裏にヒントを得た接着テープ「ヤモリテープ」の商業利用を発表した。壁や天井などどこでも自由に歩き回るヤモリの足先は、自身の体重を指一本で支えるほど強力な接着力を持ちつつ、歩行するときには簡単に剥がれる。しかも、粘液などの足跡は残らない。そんな便利な接着特性があるものを人工的に造れれば、便利なのではないか──。そうした期待から、世界各地の大学や研究機関、企業などがヤモリテープの開発を進める中、同社は世界に先駆けて商業化を果たした。

 同社が開発したヤモリテープは、直径数n~数十nmのカーボン・ナノチューブ(CNT)を100億本/cm2の密度でびっしり並べたもの。せん断方向の接着力に優れ、僅か1cm2程度の面積のテープで500gを保持できる(図2)。それでいてめくれば簡単に剥離し、繰り返し利用が可能。従来の粘着テープのように粘着剤が残ることはない。しかも、-150~500℃の幅広い温度環境下で使える。この特性を生かして、同社の関係会社が分析試料固定用のテープとしての利用を開始した。2015年には一般販売を目指すという。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

図2●ついに実現したヤモリテープ
図2●ついに実現したヤモリテープ
1cm2ほどのテープで500gの荷重を支えられる(a)。基板のない両面テープタイプも造れる(b)。

模倣4 蛾→反射防止フィルム(三菱レイヨン)

光らない目を実現する微細な凹凸、ロール金型の製造に自己組織化利用

 三菱レイヨンはこのほど、反射防止フィルム「モスアイフィルム」の本格販売を始めた。従来の反射防止フィルムの光透過率が92%なのに対して、モスアイフィルムは99%以上を誇る。ディスプレイなどの映り込み防止シートとして使える他、太陽電池パネルに貼り付ければ反射光が減り変換効率が高まると期待されている。

 同フィルムはポリエチレン・テレフタレート(PET)シートの表面に光硬化性樹脂(フォトポリマ)で高さが200nm強、底面の直径が100nmほどの微小な円すい状の突起を規則正しく形成したもの。蛾の目の構造と似ていることからモスアイと呼ばれている(図3)。

 一般に動物の目は、光を反射しやすい。猫の目が暗闇で光って見えるのは、集光した光が眼底で反射するため。しかし、蛾の目は違う。数十μm程度の微細な六角形の集合体で、さらにその六角形の表面には直径100n~200nm程度の微細な凹凸があるため光を反射しにくいのだ。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

図3●モスアイフィルムの効果
図3●モスアイフィルムの効果
(a)はモスアイフィルムの有無を比較したサンプル。左側は周囲の光が映り込んでいるが、モスアイフィルムがある右はほとんど反射がない。(b)はモスアイフィルム表面の電子顕微鏡写真。小さな突起が並んでいる。

模倣5 カエデ→小型風車(福島大学)

秋空に優雅に舞う種から着想、小型風車の発電量5倍に

 福島大学理工学群共生システム理工学類産業システム工学専攻教授の島田邦雄氏が開発中の発電用小型風車は、従来の風車に比べて大幅に発電量が向上するとして注目を集めている。

 一見して従来の風車と異なるのはそのブレード(翼)形状だ。外径に向かって広がる扇形の平板だが、回転軸側の半径の2/3程度は風下方向に向かって約45°傾き、外周側の残り1/3程度は回転軸に直交するように曲がっている。実は、この形状、カエデの種の形をヒントに生み出されたものだ(図4)。「これまでの工業製品の多くは、自然とは無関係に科学を突き詰めて造られてきた。しかし、自然には必ず最適解が存在する。最初に生物や植物といった自然の中にヒントを探せば、開発の効率は高まるに違いない」(同氏)。

 特許が公開前のため詳細なデータは明かさないものの、同氏が「風とも」と名付けたこの風車は、同一径かつ同一翼面積の従来型風車と比較して回転数は5倍以上、発電量もやはり5倍以上見込めるという。理論的な検証はこれからだが、微風でも実用的な発電量が期待できるとみられている。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

図4●福島大学の島田氏が開発中の小型風車
図4●福島大学の島田氏が開発中の小型風車
カエデの種がもつ羽根状の形状から着想して開発した。ブレードは外周部が広がった平板の羽根を曲げただけ。ただし、回転軸に対してやや角度を付けて取り付けてある。

模倣6 キリギリス→低摩擦材料(トヨタ自動車)

ジャンプ力の秘密は足裏にあり、微細構造模しエンジン焼き付き防止

 トヨタ自動車は、キリギリスの足の裏の構造に似た小さな丸いくぼみが規則正しく並んだ「マイクロディンプル」材料の開発を進めている。摩擦の低減や焼き付き防止の効果があり、エンジンのピストンやシリンダなどの摺動部への適用が期待されている。

 「微細なくぼみが潤滑油を保持することで摩擦を低減できる」(同社金属・無機材料技術部燃料・油剤・摺動材室主幹の鈴木厚氏)とみられ、その効果は実験的にも確認されているという。

 キリギリスの足の裏は4μ~5μmの大きさの六角形の突起が規則正しく並んだハニカム構造をしている。メカニズムは詳しく解明されていないが、この微細構造には、摩擦の不安定さを解消する効果があるとみられている。シリコーンゴム表面に類似の微細構造を作成して摩擦特性を調べたところ、乾いた状態では摺動時の振動がなくスムーズに動き、ぬれた状態では横滑りを防ぐ効果があったという。
〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

マイページ

マイページのご利用には日経テクノロジーオンラインの会員登録が必要です。

マイページでは記事のクリッピング(ブックマーク)、登録したキーワードを含む新着記事の表示(Myキーワード)、登録した連載の新着記事表示(連載ウォッチ)が利用できます。

協力メディア&
関連サイト

  • 日経エレクトロニクス
  • 日経ものづくり
  • 日経Automotive
  • 日経デジタルヘルス
  • メガソーラービジネス
  • 明日をつむぐテクノロジー
  • 新・公民連携最前線
  • 技術者塾

Follow Us

  • Facebook
  • Twitter
  • RSS

お薦めトピック

日経テクノロジーオンラインSpecial

記事ランキング