人数の多い集団に向けてタマを投げる…商品開発の基本である。高齢ドライバーは2010年から2030年の間に2倍以上に増える。とすれば、高齢者向けの車種を開発するのは、これからの商品開発の基本になりそうだ。自動車メーカーが携帯電話機メーカーや不動産業界に後れを取っているに間に、地方自治体や部品メーカーから声が上がった。

 人口が減る日本で、自動車の市場は小さくなる一方。そんな中、一つだけ爆発的に広がる市場が、高齢者が乗るクルマである。
 総務省の調べによれば、2010年の数字では、65歳以上の高齢者は2958万人。日本の人口の23.1%に相当する。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2030年にはこれが3667万人、31.8 %に達する。日本自動車研究所(JARI)の推計では、そのうち免許を持っている人は2010年に1280万人。これが2030年には2840万人に、ほぼ倍増する。
 しかも彼らは懐が豊かだ。2009年に総務省が調べたところでは、高齢者世帯の平均貯蓄額は2305万円で、全世帯平均の約1.4倍。まだまだかじれるスネがある。
 この状況は一歩遅れて海外に波及する。高齢化に関して日本は先頭を走っている。2050年、65歳以上の人口は日本では全人口の40%になる(図)。日本には及ばないが、韓国は35%、中国は24%と、着実に後を追ってくる。
 「人数の多い集団に向けてタマを投げる」のは商品開発の基本である。高齢者の使い方に合ったクルマ、高齢者が買いたくなるようなクルマの開発で他社に先行すれば、まず日本で、続いて世界で巨大な市場を得られる可能性がある。
 ほかの業界は高齢化に対応して動き出している。NTTドコモは携帯電話機「らくらくホン」を既に2000万台以上売り上げた。想定ユーザーとして高齢者と初心者の二股をかけているのだが、大きなボタン、大きな文字、相手の話す声がゆっくりに聞こえる機能などの特徴は、明らかに高齢者の方を向いている。
 不動産業界は今がスタート地点だ。東京建物の「グレイプス」、長谷工コーポレーションの「ライブガーデン」…「サ付き住宅」への参入が相次いでいる。見守りサービス、医療サービス、介護サービス、生活支援サービスなどがあるので「サービス付き高齢者向け住宅」、略してサ付き住宅だ。長谷工総合研究所は2012年に4万戸が新設されると推測している。
 一方の自動車業界、今のところ「高齢者向け」を前面に押し出して売っているクルマはない。「陰ながら高齢者のことを気遣っている」クルマはあるかもしれないが、少なくとも「らくらくカー」「サ付きクルマ」のように名前が付いた車種は市場にはない。

以下、『日経Automotive Technology』2012年5月号に掲載
図 65歳以上の人口割合
図 65歳以上の人口割合
国連推計人口より、地事連合が作成。