ホンダが20年以上の歳月を費やして開発した小型ビジネスジェット機「HondaJet」が、顧客への引き渡しに向けてカウントダウンに入った。競争力の裏づけとなる斬新な技術を搭載した機体、その技術を開発したR&Dセンター、機体として生産する量産工場など、HondaJetの全貌をさまざまな角度から解説する。(中山 力)

Part1 機体編

広い室内と低燃費を斬新な技術で実現

 「『HondaJet』は、客室(キャビン)内の広さ、燃費の良さ、飛行可能な速度の全てで既存の小型ビジネスジェット機に勝っている」。米Honda Aircraft社の社長兼CEOの藤野道格氏は、HondaJetの競争力の高さについて自信を見せる。

 例えば、キャビンの広さ。従来の小型ビジネスジェット機では、向かい合って座った乗客の足元のスペースが非常に狭く窮屈に感じる。これに対しHondaJetでは、乗客同士の足がぶつかることなくゆったりと座れる(図1)。燃費については、従来の同級機クラスのビジネスジェット機よりも約20%向上させた。

 こうしたHondaJetは、新しい交通システムというコンセプトの下に開発された。特に、広大な米国では小都市間の移動にエアラインを使うが、必ずといっていいほどハブ空港を経由するために乗り継ぎなど時間のロスが多く発生する。従って、エアラインによる出張は2日仕事が当たり前。ところがもし小都市から小都市へと直接飛べたら、2日仕事が1日仕事に短縮される。藤野氏は、こうした交通システムを実現すれば、多くの利用客が望めると考えたのである。
〔以下、日経ものづくり2012年4月号に掲載〕

図1●HondaJetのレイアウト例
図1●HondaJetのレイアウト例
胴体にエンジンを取り付ける必要がなくなったため、胴体を貫く構造部材などが不要になり、客室(キャビン)や荷室のスペースが広がった。上の図は、乗員2人、乗客5人の場合のレイアウト例。向かい合う座席の足元のスペースも広い。

Part2 施設編

斬新な技術を支える独創設備

 HondaJetに搭載されたさまざまな新技術の開発や、米連邦航空局(FAA)の型式認定の取得に向けた実験など、プロジェクト中枢機能を担うのが、R&Dセンターだ。まずは、コンセプト実証機や量産型試験機の組立機能も持つ同センターの主要設備を見ていこう。

 Part1で述べたように、HondaJetの胴体には炭素繊維強化樹脂(CFRP)を採用している。飛行機の構造材料として実績のあるアルミニウム合金と違って、設計許容値などに関連するデータはまだ十分とはいえず、強度を保証するための試験が重要となる。この試験を担当するのが、構造試験室だ(図2)。

 構造試験室では、胴体や主翼などの主要な構造部材を組み立てた量産型試験機を用いて試験する。量産型試験機故、各部材の形状や製造方法などは当然、量産機と同じ条件である。 この量産型試験機で構造試験をする場合、鉄骨の枠組みで機体を宙に浮いたような状態で支持し、機体の各部に71本の油圧シリンダを利用して力を加える。これらの油圧シリンダはコンピュータによる制御で同時に動かせ、飛行時に各部で発生するあらゆる力を再現する。

 このときの機体の変形については、機体表面に貼り付けた5000チャネルの3軸歪ゲージで計測し、静的強度と繰り返し荷重を受けたときの疲労強度を取得する。機体の様子をモニターに映し出して目視による確認を併せて実施している。
〔以下、日経ものづくり2012年4月号に掲載〕

図2●構造試験中の量産型試験機2号機の機体
図2●構造試験中の量産型試験機2号機の機体
飛行時に機体の各部で発生する力を、71本の油圧シリンダを動かすことで再現する。静的な強度だけでなく、繰り返し荷重による疲労強度も確認する(a)。機体表面に取り付けた歪ゲージのデータを取得するだけでなく、モニターに映る機体の様子を目視で確認しながら試験を進める(b)。