Windows on ARMがもたらす乱世

 強力なタッグでパソコン市場を支配してきた「Wintel」の両雄、米Microsoft社と米Intel社の蜜月関係に今、微妙な変化が表れている。

 これまでパソコンといえば、「x86プロセサにWindows OS」と相場が決まっていた。それが2012年、Microsoft社が投入予定の次期Windowsである「Windows 8」の登場を機に一変する。Microsoft社自身が「Windowsの再創造」と呼ぶこのOSは、従来のx86プロセサ向けだけでなく、ARM系SoC向けにも投入されるのだ。

 かつてx86版と同時にAlphaプロセサ版、PowerPC版、MIPS版が提供されていた1996年発売の「Windows NT 4.0」以来、約15年ぶりにWindows OSがIntel Architecture(IA)以外のプラットフォームに解き放たれる。「Windows on ARM(WoA)」の誕生だ。

 かつてのWintelから「Win+ARM」へ。WoAを機に、新たな蜜月関係が静かに芽生えようとしている。

『日経エレクトロニクス』2011年10月31日号より一部掲載

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第1部<反撃のシナリオ>
ARM系SoCをパソコンに
Microsoft社のもくろみ

次期WindowsでARM版投入という英断を下したMicrosoft社。スマートフォンやタブレット端末で活気づくARM系SoCベンダーをパソコン業界に招き入れ、市場の再活性化を目指す。

Windows on ARMは二つの市場の懸け橋に

 「チップセットからユーザー体験まで、Windowsのすべてを再創造する」──。米Microsoft社が2012年末に投入予定の次期OS「Windows 8」。その技術詳細を発表するために同社が2011年9月に開催したイベント「BUILD」の基調講演で、Windows 8の開発を指揮するSteven Sinofsky氏(同社 President of Windows and Windows Live Division)は、こう高らかに宣言した。

 講演の冒頭で強調したのは、ARM版Windows(Windows on ARM:WoA)の意義についてだった。「WindowsのOSとしての役割はハードウエアを抽象化すると同時に、開発者がユニークなハードウエアにアクセスしたいと思った際、その手段を提供し、ハードウエアの特徴を輝かせることだ」(Sinofsky氏)。

 Microsoft社にとって依然として重要なパートナーである米Intel社への配慮から慎重に言葉を選んではいたものの、Sinofsky氏の言う「ユニークなハードウエア」とは、ほぼそのままARMプラットフォームを意味するとみていいだろう。スマートフォンやタブレット端末の分野で日進月歩の進化を遂げるARM系SoCの低消費電力、そして安価という特徴を、これまでIntel社のx86が独占していたWindowsの生態系に取り込む。そして、世界中のアプリケーション開発者に、Windows上でその特徴を生かしたアプリケーションを作ってほしい。それがWoAを投入する最大の狙いだ。

『日経エレクトロニクス』2011年10月31日号より一部掲載

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技術面から見たWindows 8
巨大ソフト集団が盛り込んだシカケ

 Windowsでは「Win32 API」がプログラミング・モデルの基盤を成してきたが、Windows 8ではタッチ式ユーザー・インタフェース(UI)のMetro Styleアプリケーション向けに、新しいAPIおよび実行環境が導入される。「WinRT(Windows Runtime)」である。

 Windows 8は、従来のデスクトップ画面とMetro Style UIとの2本立ての構成を採る。従来型のデスクトップ・アプリケーションを動作させる際はWin32を、Metro Styleアプリケーションを実行する際はWinRTを、それぞれ用いるという形だ。Webブラウザーの「Internet Explorer(IE) 10」やコントロール パネルなどは、Metro Styleとデスクトップで、それぞれ用意されている。

 Metro Styleアプリケーションは、HTML5とJavaScriptでの開発を基本にしている。IE 10のレンダリングおよび実行エンジン上で動作させるため、ARM版でもx86版でもx64版でもすべてのプラットフォームで同一のアプリケーションを動作させることができる。AjaxのようなWebアプリケーションに近い実行モデルである。ブラウザー上でアプリケーションを動作させるという点では、Windows 8のMetro Style環境はGoogle社の「Chrome OS」や米Hewlett-Packard(HP)社の「webOS」に近いといえるだろう。

Windows 8のソフトウエア・アーキテクチャ
『日経エレクトロニクス』2011年10月31日号より一部掲載

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第2部<もう1つの挑戦>
クラウドという新用途出現で
サーバーでもARMに脚光

電力削減が喫緊の課題となっているクラウドのデータ・センター。同分野では「Hadoop」に代表される分散処理が多用されていることで、ARM系SoCがサーバーにも採用される可能性が出てきている。

サーバー分野に向けて着々と布石を打つARM社

 2012年末のWindows 8のARM版投入により、長らくx86が支配してきたパソコン向けプロセサの市場に、ARMアーキテクチャが風穴を開ける。米Qualcomm社、米NVIDIA社、米Texas Instruments(TI)社などのARM系SoCベンダーが、スマートフォン分野などで磨き抜かれた低消費電力という長所をパソコン分野に持ち込もうとしている。

 Windows on ARM(WoA)の登場によってパソコン市場に橋頭堡を築くであろうARMアーキテクチャだが、実はその新たな挑戦はパソコン分野だけにとどまらない。パソコンやスマートフォンとは一見無縁のサーバー分野においても今、ARMアーキテクチャが脚光を浴びつつある。

 英ARM社自身がARMアーキテクチャの普及に向けて積極的に活動している他、ベンチャー企業の米Calxeda社(旧Smooth-Stone社)、NVIDIA社、米Marvell Technology Group社などが、サーバー向けのARM系SoCを鋭意開発しており、数年後にはこれらのSoCを搭載したサーバーが実際に稼働を開始しそうな状況だ。

 サーバー分野においてARMアーキテクチャが注目されているのは、数千~数万台という膨大な台数のサーバーを高密度に設置するクラウドのデータ・センターで、現在その消費電力の削減が喫緊の課題となっているからだ。一般にサーバーの性能を向上させると、その放熱のためにさらに巨大な空調施設が必要となり、施設全体でもさらに消費電力が増してしまうという悪循環に陥る。これを打開するために、x86よりも電力効率が高いとされるARMプロセサに注目が集まっているのである。

『日経エレクトロニクス』2011年10月31日号より一部掲載

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