「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功を手繰り寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 しつこい!と言われるかもしれないが、コンセプトと本質の話を続ける。今回は、別の視点から見よう。言葉という視点からだ。

 我々は、ホンダの研究開発を担う本田技術研究所のことをそうは言わず、よく「本田言葉研究所」と呼んでいた。技術やクルマの研究の前に、言葉を巡って延々と議論が続くからだ。以前紹介したように、新車の商品コンセプトを表現する言葉を決めるためだけに、3日3晩のワイガヤを3回やった開発チームもあった。とにかく、言葉に対するこだわりが半端ではない。そのため、技術ではなく言葉を研究している所という意味を込めて、本田言葉研究所と呼んでいたのである。

明快な言葉で表現する

 筆者は最初、「話してばかりいないで早く技術開発をやろうよ」と、言葉を巡って議論する先輩を見ながら思っていた。議論の時間が無駄だと感じていたからだ。しかし、それが間違いであることに比較的早い段階で気付いた。コンセプトが間違っていたり、表現する言葉が不明確だったりすると技術開発が行き当たりばったりになる上、開発チームの意思統一も図れない。結局、無駄撃ちが多くなって技術開発が進まなくなるからだ。

 普通に考えると、コンセプトは内容が重要で、それをどんな言葉で表現するかはささいなことのように思える。しかし、それは大きな間違いだ。ホンダでは、明快で簡潔な言葉で表現されなければコンセプトとしては認められない。言葉に落とし込むことによって、初めてコンセプトが完成するのである。

〔以下、日経ものづくり2011年5月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。