「渋滞学・西成教授の数学で闘え」は、技術の現場で発生する課題を、技術者が自ら数学を用いて解決する方法を学べるコラム。数学に苦手意識を持つ人でも楽しく学べるように「これだけは」という要点のみをまとめる。

 固有値の使い方としてもう1つ、「日経」らしく、景気予測を例題にしたいと思います。景気は良いか悪いか、どっちかしかないですね。ここではシンプルにやりますが、本気でやっても研究になります。景気に限らず、「良い」と「悪い」で考えられるものには応用できて面白い。

 去年って、景気はどうでしたっけ。悪かった。今年も景気が悪い。毎年毎年、景気が良い悪い、良い悪いって来るじゃないですか。それを式にしましょう。

 景気が良い年があって、その次の年は良い年になるか、あるいは悪い年になるかどちらか。景気が悪い年の次もどうなるかで、合計4通りの可能性があります。

 それで、過去の統計から、良い年で次の年も良かった場合が幾つあったか、良い年で次は悪かったのが幾つかそれぞれ数えます。ここを確率で考えて、良い年の翌年も良い確率をpとしましょう。良い年から悪い年に変わるのは1-pです。確率ってトータルで1ですから。同じように、悪い年の次の年も悪い確率をqとすると、良い年に変わるのは1-qです。

 pとqさえ押さえてしまえば、来年どうなるか分かります。では10年後、20年後、30年後どうなるか。もう気がついていると思いますが、計算できちゃいます。

 これを式に書きますね。良いのと悪いのはGoodとBadで、それぞれGとBとしましょう。ある年はnにすると、次の年はn+1ですね。GnとBnにそれぞれ次の年は良くなる確率を掛けて足し合わせると、Gn+1になります。Bn+1も同じように式ができて、2本の連立方程式になります。

 さあ複雑になりました。こういうのを専門用語では「マルコフチェーン」といいます。マニアは喜ぶ言葉ですよ。

〔以下、日経ものづくり2011年4月号に掲載〕

西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 教授
東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年東京都生まれ。1995年に東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、独University of Cologneの理論物理学研究所を経て、2005年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、2009年から現職。著書に『渋滞学』『無駄学』(共に新潮選書)など。