「勝つ設計」は、日本のVEの第一人者である佐藤嘉彦氏のコラム。安さばかりを求めて技術を流出させ、競争力や創造力を失った日本。管理技術がこれまでの成長を支えてきたという教訓を忘れた製造業。こうした現状を打破し、再び栄光をつかむための製品開発の在り方を考える。

 トヨタ自動車を筆頭とする日本の自動車業界は、なぜ世界中の顧客から厚い支持を受けるほどの力を発揮できたのだろうか。長年自動車業界に身を置いた私は、自動車メーカーと部品メーカーの素晴らしいパートナーシップがあったからではないかと分析している。

 今でこそ、グローバル化のうねりの中で部品メーカーも世界で活躍するようになったが、1960年代後半から1980年代までのいわゆる経済成長期は国内の自動車メーカーと特に緊密なパートナーシップを築いていた。その1つの象徴が、自動車メーカーを頂点とした「城下町」と呼ばれる企業ピラミッドだ。部品メーカーは自動車メーカー各社との取引を通じて実力を身に付け、城下町にとどまらず、世界的な競争力を持つ企業へと成長していった。

 私はこれまで「内製力を上げよ」と繰り返し論じてきたが、当然のことながら全てを内製することはできない。「餅は餅屋」という言葉がある通り、ある部分は必ず外注することになる。その際、自社とパートナーの役割分担(線引き)をきちんと考える必要がある。そして、パートナーと良い関係をつくり上げれば、勝つためのものづくり集団を形成できるのである。

〔以下、日経ものづくり2011年3月号に掲載〕

佐藤嘉彦(さとう・よしひこ)
VPM技術研究所 所長
1944年生まれ。1963年に、いすゞ自動車入社。原価企画・管理担当部長や原価技術推進部長などを歴任し、同社の原価改善を推し進める。その間に、いすゞ(佐藤)式テアダウン法を確立し、日本のテアダウンの礎を築く。1988年に米国VE協会(SAVE)より日本の自動車業界で最初のCVS(Certified Value Specialist)に認定、1995年には日本人初のSAVE Fellowになるなど、日本におけるVE、テアダウンの第一人者。1999年に同社を退職し、VPM技術研究所所長に就任。コンサルタントとして今も、ものづくりの現場を回り続ける。