「渋滞学・西成教授の数学で闘え」は、技術の現場で発生する課題を、技術者が自ら数学を用いて解決する方法を学べるコラム。数学に苦手意識を持つ人でも楽しく学べるように「これだけは」という要点のみをまとめる。

 前回(2010年11月号)の授業で私たちは、フーリエ変換を使った「擬スペクトル法」という最強の武器を手に入れました。どんなに複雑な波も、単純な波の足し合わせで表せる(フーリエの定理)。その複雑な波の将来を予測するとき、例えば、yt)=2sint+0.1sin1.1t+5sin1.2t…なんて長い式をいちいち微分しなくたって、フーリエの世界にトリップすれば「掛け算」だけで解けちゃう。yt)=Aωeiωtの右辺にを掛けるだけで、元の波の式を微分したのと同じ結果を得られます。実際は掛け算した後に逆フーリエ変換しますが、そこはコンピュータ君にお任せ。これはもう、感動的に便利です。使わない手はありませんよー。

 ということで、今回の授業では、ものづくりの現場における擬スペクトル法の活用事例を見ていきます。ぜひ皆さんの仕事にもお役立ていただければうれしく思います。

 ものづくりの現場でよく登場する現象に、「振動」「波動」「熱」があります。振動は、ある特定の場所で物が動く現象のこと。波動は、その動きがどこかへ伝わっていく現象を指します。別の言い方をすると、振動は、場所が固定で時間的に変化するもの。波動は、場所的にも時間的にも変化するものになります。熱も波動と似ていて、温度が場所と時間で変化します。

 この3つの現象に対して擬スペクトル法は、その威力を存分に発揮してくれます。マジメにやると理解するのに2年はかかる内容ですが、本コラムではパッパッパッとやって、フーリエの世界を大急ぎで一回りしたいと思います。そして次回からは、もう一つの最強武器の秘密を解き明かしていきます。

〔以下、日経ものづくり2010年12月号に掲載〕

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西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 教授
東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年東京都生まれ。1995年に東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、独University of Cologneの理論物理学研究所を経て、2005年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、2009年から現職。著書に『渋滞学』『無駄学』(共に新潮選書)など。