EV(電気自動車)の車体や電池、充電システムなどの仕様を標準化する動きが出てきた。複数メーカー間で、部品の仕様を共通化できれば、大量生産によりEVの低コスト化が可能になるからだ。世界の政府や自動車メーカーを巻き込み、主導権争いが活発化する中、日本に勝算はあるのか。

Part 1:オープン化への挑戦

水平分業化の波が自動車産業にも波及 異業種の参入、汎用品の活用が推進力

複数の企業が同じプラットフォーム、標準化された部品を使って製品を作る。パソコンや携帯電話では当たり前のオープンな水平分業化の動きが、いよいよ自動車にも波及してきた。家電製品は生産量が10倍に増えると価格は半分に下がった。電気自動車(EV)でも同じことが起こり得る。もちろんこうした動きはまだ一部で、今後どの程度拡大するかも未知数だ。しかし、これまでの電子機器の歴史を振り返れば、抗えない流れとなる可能性がある。

 電気自動車(EV)を標準化しようという動きが相次いでいる。EV開発ベンチャーのSIM-Drive(シムドライブ)が立ち上げたEVの共同開発事業、民生用のLiイオン2次電池をEVに応用し始めたパナソニック、そしてEVの充電規格を国際的に標準化することを狙うCHAdeMO協議会の発足の三つである(図1)。いずれも、企業、国境の枠を越えてEVの要素技術を標準化することを狙った動きだ。
 現在、EVの開発は企業ごとに進められており、要素技術も各社がそれぞれに工夫をこらす。標準化の動きは、ごく一部での動きに過ぎない。それでもこれらの動きが注目されるのは、長らく続いてきた自動車産業の「垂直統合型」の構造を突き崩し、電機・電子機器業界に見られるような「オープン化・水平分業化」が進むきっかけになる可能性があるからだ。

以下,『日経Automotive Technology』2010年7月号に掲載
図1 SIM-Drive(シムドライブ)の先行開発車の発表会
慶応義塾大学教授の清水浩氏(左から4番目)を社長として、ベネッセコーポレーション、丸紅、ナノオプトニクス・エナジーなどが株主として参画する。

Part 2:誰でも使えるプラットフォーム

車両の設計図を安価に提供し 電池やモータの仕様を決める

IT業界で見られるようなオープン化で、デファクトスタンダードを狙う動きが電気自動車(EV)の世界でも始まった。新設計したEVの設計図を公開し、標準プラットフォームを世界に広めようとするベンチャーが登場したためだ。新規参入メーカーでも、低コスト・短期間でEVを商品化できる。今のところ、大手自動車メーカーは、こうしたオープン化の動きに模様眺めの構えだ。しかし、今後標準プラットフォームの普及が進むと、大手メーカーは方向転換を迫られる可能性がある。

 多くの企業が知恵を出し合い、一つの標準プラットフォームの改良を進め、その成果は誰でも利用できる──。こんなIT業界の「オープンソースソフトウエア」の開発に近い考え方をEV(電気自動車)の世界に導入しようとしているのがPart1で紹介したシムドライブだ。
 同社の挑戦が目論見通り進めば、台湾の巨大EMS(電子製品の製造受託サービス)企業が、大手自動車メーカーを上回る生産規模で、標準プラットフォームのクルマを生産することも、あながち夢物語とはいえなくなる。
 シムドライブは、EVの開発支援ベンチャー。社長は、過去30年間に8台のEVを開発してきた慶應義塾大学教授の清水浩氏が務める。開発するEVは清水氏が長年開発を進めてきた、インホイールモータと中空のフレーム構造を持つ標準プラットフォームを採用する。

以下,『日経Automotive Technology』2010年7月号に掲載

Part 3:民生用電池を流用

電池の価格破壊が始まる セルを並列配置し信頼性向上

電気自動車(EV)用電池の価格破壊が始まった。仕掛けたのは民生用Liイオン2次電池最大手のパナソニックだ。ノートPC用の電池“18650”をEVにも流用することで量産規模を高め、低コスト化する。開発した電池モジュールは140本ものセルで構成。20セルを並列につなげることで、容量を確保するとともに、信頼性を高める。ノートPCで業界標準の電池が、EVでも業界標準の座を狙う。

 EV(電気自動車)用Liイオン2次電池の価格は、現在1kWh当たり10万~15万円程度といわれる。そこへ半分以下の価格で提供しようというメーカーが現れた。三洋電機を傘下に収め、ノートPCなど民生用Liイオン2次電池で最大手となったパナソニックである。
 世界の自動車メーカーと電池メーカーは独自仕様の電池の開発・普及に力を入れているが、生産量は限られ、価格は高止まりしている。一方、ノートPC用の電池であれば既存のラインを利用できるため、量産規模の拡大が容易なことに加え、低い価格で供給できる。EV1台に搭載する電池容量は、ノートPC数百台分に相当し、これまでとは、けた違いに増える。今後、ノートPC用電池の搭載がEVに広がれば、自動車メーカーが使う独自仕様の電池は競争力を失いかねない。
 パナソニックが提案する電池モジュールは、ノートPCで使われている民生用の電池セル“18650”140本(20並列×7直列)で構成する。2009年の「CEATECJAPAN」で公開したモジュールは電池容量1.46kWh(25.2V×58Ah)。電池管理システムを含めても価格を5万~10万円に抑える。既存のEV用電池の半値以下だ。
 同社はこのモジュールを複数個直列配置することで、EVで求められる性能を確保する。例えばEV1台で、電池容量20kWh、電圧350Vが必要な場合、14個のモジュールを積めばよい。モジュール1個は箱型で容積は約7L、質量は約8kg。このモジュールを車両の床下やセンタートンネル、荷室に配置する使い方を想定する(図2)。

以下,『日経Automotive Technology』2010年7月号に掲載
図2 電池モジュールの配置
モジュールを複数個組み合わせることで、車両の床下やセンタートンネル、荷室への搭載を想定する。

Part 4:充電規格でデファクトを狙う

米欧が独自方式を提案 日本は量産実績で攻める

日本は、充電規格のデファクトスタンダードを狙って海外への働きかけを強めている。しかし海外では、各国の事情に合わせた独自規格を提案しており、標準化の見通しは立っていない。日本は急速充電器の低価格化や、電気自動車(EV)の海外展開などで実績を積み上げ、信頼性の高さを訴える戦略だ。日本の普通充電規格が将来も使えるものであることを示すために、現行規格と互換性のある次世代規格の提案なども必要になりそうだ。

 世界の自動車メーカーが主導権を巡って競い合っているのが、EV(電気自動車)の充電規格だ。
 海外の規格に合わせることになれば、EVの量産効果を出しにくくなるばかりか、膨大な時間とコストをかけて国や地域ごとに安全試験を繰り返す必要がある。しかし、国際標準化団体であるIEC(国際電気標準会議)やSAE(米自動車技術者会)には、日本を含め各国が様々な充電規格を提案しており、現在のところ、規格の統一には見通しが立っていない。わずかに米国が日本の普通充電規格(後述)を認可している程度だ。
 それでも日本には「海外の規格が決まるのを待っていられない」(三菱自動車)事情がある。2010年末から三菱自動車は「i-MiEV」を欧州に出荷するほか、日産自動車も「リーフ」の海外販売を開始するためだ。
 日本は、政府を通じて各国に日本規格を採用するよう働きかける一方、自動車メーカーが日本方式の充電規格を備えたEVを世界に普及させることでデファクトスタンダードを狙う。
 日本が世界に提案している充電規格には、普通充電と急速充電の2種類がある。普通充電は、家庭用電源(AC100V/200V)を前提としたもので、電源の出力は数kW程度。三菱自動車のi-MiEVの場合、満充電まで100V電源で約14時間、200Vの場合で約7時間かかる(図3)。コネクタにはアナログ端子があるが、通常の家庭充電では使わない。街中の充電スタンドで、個人を認証することなどを想定したものだ。

以下,『日経Automotive Technology』2010年7月号に掲載
図3 日本が世界に提案している普通充電の規格
電力ラインが2本とアース、アナログ端子2ピンで構成する。写真は三菱自動車「i-MiEV」の充電コネクタ。