設計初期の構想設計段階。まだ細かいことが決まっていないこの段階でシミュレーションを活用し,主要な設計パラメータを決める取り組みが設計現場に広がり始めている。背景には,製品の動作や性能の原理となる物理現象のエッセンスをモデル化して,素早く計算する手法の発達がある。ツールの進歩がそれを後押ししている。

 良い製品を手戻りなく設計するには,設計初期の構想設計段階での正しい決定が重要なのは言うまでもない。そうでないと,設計が進んでから不具合が頻発し,開発期間がずるずると延びてしまう。しかし,設計の細部がまだ分からず,情報量が少ない段階なのに,設計完了後のことを正確に見通して判断するのは逆説的でもある。このパラドックスをどう取り扱うかがフロントローディング実現のカギであり,それは単なる3次元CADの導入では解決できない問題だった。

 そこで考えられるのが,簡略でありながらも製品全体のツボを押さえてモデル化し,そのモデルに対するシミュレーションで最適な案を見つけて基本となる設計パラメータを決めることだ。先進企業でも従来は研究レベルだったこの活動が,ここ数年のコンピュータとツールの発達で,設計現場で使えるようになってきている。

従来にない動きを実現

 OKIが岡村製作所と共同で開発したオフィス向けのいす「LEOPARD」では,機構の基本パラメータをコンピュータでのシミュレーションで決定した(図)。LEOPARDは,人の脚の細部構造を模擬した機構をいすの下部に利用することで,子どもが親のひざの上に抱かれたときのような座り心地を狙った製品。通常は座面が上昇した状態にあり,人が座ると座面が沈み込むと同時に,LEOPARDの背が人の背を広い面積で支えるという,普通のいすにはない機構を実現したものだ。

 両社にとって,それまで経験のないダイナミックな動きを伴う製品。この動きは設計の最初から考慮に入れない限り実現は難しい。機構設計を担当するOKIは,シミュレーション・ツール「MATLAB/Simulink/SimMechanics」(米MathWorks社)を利用した。いすと人体を物理モデルとして表現し,シミュレーションを実行。物理モデルは,骨格と関節から成るもので,形は単純。このモデルに相互の接触力を計算する処理を組み込み,検討に用いることで,製品実現の見通しを立てた(図)。

〔以下,日経ものづくり2010年2月号に掲載〕

図●OKIによるMATLAB/Simulink/SimMechanicsのモデル
人体といすの物理的構成をモデル化した。(a)は骨格での表現(楕円は見やすさのためのもの),(b)はブロック図(概略)。