新型インフルエンザ特需で,激化する宣伝競争

第1部<宣伝競争の舞台裏>
誤解を生みかねない表現
業界内で問題に

新型インフルエンザ特需で脅威の成長を見せる空気清浄機市場。この市場をめぐって,各社は熾烈な宣伝競争を繰り広げている。消費者を置き去りにしたあまりの過熱ぶりに,ついに待ったの声が掛かった。

三洋電機が技術説明会で見せた他社技術との比較データ

 空気清浄機はもともと,たばこの臭いなどの脱臭と,花粉症をはじめとするアレルギー症状への対策の,主に二つを用途としていた。菌やウイルスの抑制効果も一部うたわれていたが,主な用途ではなかった。

 この流れを変えたのが,2005年に登場した加湿機能付き空気清浄機だ。インフルエンザ・ウイルスは湿度に弱いため,室内を適切な湿度に保つことはインフルエンザの予防に効果がある。加湿空気清浄機は「風邪やインフルエンザの予防」という新たな分野を切り開いた。

 この分野で現在主流なのは,加湿機能に加え,放電で作り出した荷電粒子や活性種(以降,「イオン」と総称する)が持つ除菌/ウイルス抑制といった効果を利用した機能を持つ「イオン健康家電」に分類される製品だ。実際に売り上げが伸びているのも,こうしたタイプの空気清浄機である。p.30のグラフを見ると,空気清浄機の市場の伸びは,台数ベースよりも金額ベースの方が大きいことが分かる。これは,市場が高価格の製品にシフトしていることを意味する。

 空気清浄機の市場で現在,シェア1位を快走するのがシャープだ。同社は「プラズマクラスター」と呼ぶイオン機能を製品に搭載している。10年近い開発経験を持つのに加え,「2008年秋にテレビで“家電芸人”がシャープの空気清浄機を取り上げたことが,人気にさらに火を付けた」(ヨドバシカメラマルチメディアAkibaの空気清浄機売り場の担当者である佐伯圭介氏)。この市場は,トップのシャープを,イオン機能「ナノイー」を掲げるパナソニックと「光速ストリーマ」を掲げるダイキン工業が追う構図だ。

新型ウイルスへの効果を訴求

 ここに殴り込みをかけたのが三洋電機である。三洋電機は,水道水の電気分解で生成する電解水(次亜塩素酸(HClO)などを含む水)を除菌/ウイルス抑制などに利用する「ウイルスウォッシャー」という機能を掲げている。これまで空気清浄機では下位グループに甘んじていたが,この市場を虎視眈々と狙っていた。例えば,2009年7月21日に開いた技術説明会では,他社技術との効果の比較データを披露するなど,ライバル心をむき出しにしていた。

『日経エレクトロニクス』2009年11月2日号より一部掲載

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第2部<新市場の生き抜き方>
「説明責任」で先行したシャープ
脱臭性能で消費者の心をつかむ

空気清浄機市場でシェア50%を握るとみられ,首位を快走するシャープ。2008年秋にはイオン機能だけを切り出した新製品を発売し,約60万台を販売するヒットに導いた。その背景には「説明責任」を重視する規制強化や,それを求める消費者の目線の変化がある。

効果の実証実験やメカニズム解明で先行

 2009年初頭の世界的な新型インフルエンザ流行。それに伴う「特需」をがっちりつかんだのが市場シェアの50%を握るとみられ,空気清浄機の市場で首位を快走するシャープである。「プラズマクラスター」と呼ぶイオン機能を搭載した同社の空気清浄機は,2008年下期から2009年上期にかけての1年間で,前年の約2倍となる60万台を出荷した。2008年秋に発売した「IG-A100」などのプラズマクラスター機能だけを切り出したイオン発生機は,60万台販売のヒット商品となり,「新しい製品カテゴリを生み出した」(シャープ 健康・環境システム事業本部長 執行役員の高橋興三氏)。

 空気洗浄機におけるシャープの歩みは「イオン健康家電」の発展と軌を一にする。同社の成功には,健康・美容家電の市場を制するヒントが隠されている。

マイナスイオンとの差異化狙う

 空気清浄機はもともと,その機能や性能の違いをユーザーに理解してもらうことが難しい商品である。特に,最近の製品が売りにするウイルスや浮遊菌に対する抑制効果などの機能は,仮に効果があったとしてもユーザーにはそれを確認する方法がない。「この製品は本当に効果があるのだろうか」という疑惑が付きまとう。

 シャープも例外ではなかった。除菌や脱臭を目的に開発したプラズマクラスターイオン発生装置を,シャープが空気清浄機に搭載して発売したのは2000年である。そこから足掛け9年,「本当に効果があるのかと,過半数のユーザーが疑っていた」(シャープ 健康・環境システム事業本部 空調システム事業部副事業部長 兼国内商品企画部長の鈴木隆氏)。この状況を覆そうと同社が力を入れてきたのが,第三者試験機関などと連携して,プラズマクラスター機能の効果の検証を積み重ねる手法である。


『日経エレクトロニクス』2009年11月2日号より一部掲載

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第3部<イオンの実体>
効果検証は進んでいるが
依然として残る三つの疑問

イオンの大まかな作用機序は共通であり,方式の詳細はメーカーによって異なる。メーカーはイオンが効く仕組みを解明しようとしているが,完全には分かっていない。「本当に有効性なのか」「人体に対して安全なのか」といった疑問も残る。

各社にほぼ共通するイオンの基本的な作用

 市場ではシャープが強いが,イオン機能を持つ各社の空気清浄機の性能はそれほど違うわけではない。イオンの基本的な作用原理は,ほぼ同じだからである。放電(もしくは電気分解)によって生成した酸化作用のある活性種(OHラジカル,次亜塩素酸など)を使って,ウイルス抑制や除菌,脱臭などを行う。ウイルスや細菌に対しては,表面のタンパク質を変性させて感染力を失わせる。脱臭は,においの原因物質を酸化・分解して実現する。

 「イオンをどこで作用させるか」という観点では,各社の方式は大きく二つに分けられる。空気清浄機の外部にイオンを放出して部屋の空気中で作用させる「イオン放出型」と,空気清浄機の内部でイオンを作用させて外部には漏らさないようにする「イオン内部利用型」である。前者を採用しているのが,シャープとパナソニックだ。三洋電機は家庭用製品がこのタイプである。後者のイオン内部利用型を採用しているのは,ダイキン工業や三洋電機の業務用製品となる。

 イオン放出型は,部屋の壁や家具の表面に付着したウイルスや細菌,カビ,においへの効果が期待できるという利点がある。反面,原理的に大量のイオンを放出するのは難しい。イオンの実体である活性種(もしくは活性種のもとになる荷電粒子)を大量に発生させようとして電力をかけすぎると,オゾンが発生してしまうからだ。

 オゾンは2000年前後のマイナスイオン・ブームのころは盛んに利用されていたが,人体に悪影響があることから,現在は「オゾンはなるべく出さない」という方針は各社で共通している。イオン放出型を採用するメーカーは,電極の形や電圧のかけ方を工夫してオゾンを出さない範囲でイオン放出量を増やそうとしているが,生成できるイオンの量には限界がある。

 一方,イオン内部利用型の利点と欠点は,イオン放出型のちょうど逆である。壁や家具の表面への効果は期待できないが,オゾンを含む多種の活性種を内部で利用できる。ダイキン工業の空気清浄機は,オゾンが外に漏れないように最終段の「光触媒&ストリーマ脱臭触媒フィルタ」でオゾンを酸素に戻している。他の活性種についても,このフィルタで外に出ないようにしている。

『日経エレクトロニクス』2009年11月2日号より一部掲載

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