最終回となる今回は,トレーサビリティについて説明する。トレーサビリティは重要な概念だ。本連載の第1~4回で不確かさを具体的に求めたが,その際に計測器の確度の仕様値を利用する方法を紹介した。この方法は比較的簡単だが,適用する上での前提がある。トレーサビリティが確保されている計測器を使う場合に限定されるのだ。今回は,トレーサビリティを確保する方法や,トレーサビリティを確保していることを証明する方法などを解説する。(本誌)

直流電圧の標準器

豊田 豊
青木 俊明
アナログ・デバイセズ

 本連載では,第1回(2009年4月6日号)から第4回(2009年6月29日号)にわたって,さまざまなケースにおける不確かさの算出方法について解説し,前回となる第5回(2009年7月27日号)では生産現場での良品/不良品判定への不確かさの適用方法について述べた。最終回となる今回は,トレーサビリティについて解説した後,連載全体のまとめとして測定の信頼性をあらためて説明する。

トレーサビリティの確保が大前提

 本連載ではこれまで,不確かさを算出する際に計測器の確度の仕様値を使用する方法を紹介してきた。しかし,第1回でも述べたように,この方法を適用するには,ある一つの条件を満足することが大前提となっている。その条件とは,「使用する計測器が信頼できる校正機関により定期的に校正され,仕様値を満たしていることが確認されていること」である。

 不確かさとは,真の値が存在する範囲のばらつきを示すものだ(この場合の真の値とは,国家標準,もしくは国際標準に照らし合わせたときに妥当と判断できる値である)。従って,使用する計測器が何らかの形で真の値に結び付いていなければならない。これがトレーサビリティの簡単な概念である。VIM(国際計量基本用語集)やJIS Z 8103:2000 計測用語においては,トレーサビリティを「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって,決められた基準に結びつけられ得る測定結果又は標準の値の性質。基準は通常,国家標準又は国際標準」と定義している。

 この定義は,いったいどのような意味なのだろうか。直流電圧とキャパシタンス(静電容量)を例に,トレーサビリティをどのように実現しているかを具体的に説明しよう。

量子標準の時代に

 長さや時間,質量,電気に関する計量の国家標準は,日本では産業技術総合研究所の計量標準総合センター(NMIJ:National Metrology Institute of Japan)で研究や開発,維持,供給が行われている。

 従来,直流電圧の標準には,ウェストン電池が使われていた。しかしその後,量子標準の時代となり,1977年からはジョセフソン効果電圧標準装置が使用されている。左端の容器内部に,液体ヘリウムを使って超低温状態に保たれたジョセフソン素子を入れる。そしてジョセフソン接合部にマイクロ波を照射すると直流電圧Vが発生する。発生する直流電圧Vは(1)式で求めることができる。

『日経エレクトロニクス』2009年8月24日号より一部掲載

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