「半年待たせる」という、これまでのトヨタにはあり得ない事態。トヨタ自動車の3代目「プリウス」が前例のない勢いで売れている。好評の理由は燃費と価格。基本モデル「L」グレードの燃費は38.0km/L(10・15モード)、32.6km/L(JC08モード)、価格は205万円。燃費は量産ガソリンエンジン車として最高だ。「エコとしての記号」「政府の後押し」など、さまざまな解釈はあるのだが、“トヨタ式”に「なぜ」を7回繰り返せば、その出発点が燃費と価格であることに異論はないだろう。

 燃費にしても、価格にしても、最大のカギはハイブリッドシステムだろう。2代目プリウスに対して、モータと発電機を合わせたコストを約3割減らした。モータを内蔵したトランスアクスルで比べると、全長は384.5mmから372mmと約10mm短くし、質量を109kgから88kgに減らした。それでいて走りは犠牲にしていない。一般車で言うと排気量2.4Lエンジンの車種に相当する加速力を持つ。

*モータ 実際には回生ブレーキなど発電機としても機能する。発電機と呼んでいるものも、実際には高速運転時にはかなり駆動している。トヨタは前者をMG2、後者をMG1と呼ぶこともある。

“一人四役”の複合ギア

 2代目からの大きな変更点はモータに減速機を追加して回転数を6400rpmから1万3900rpmに上げたこと。これが全体に影響を与えた。出力を先代の50kWから60kWに強化したにもかかわらず、トルクは逆に400N・mから207N・mに下がった。モータの質量はほぼトルクに比例するので、トルクを犠牲にし、その分軽量化した。
 さらにモータの最高電圧を500Vから650Vに上げた。電圧を上げると、巻き線を細くしても同じ電流を流せるので、モータを小型化、軽量化できる。トルクを下げ、電圧を上げたことでモータ用インバータの定格電流を230Aから170Aと小さくできた。
 なお、減速機も650Vのモータも「エスティマハイブリッド」など同社のほかのハイブリッド車で採用済みの技術。ハイブリッド車は進歩が激しく、プリウス1車種のモデルチェンジ間隔を待っていては間が空いてしまう。新しい技術は直近の車種に採用し、市場で揉んでから次の車種に反映するという流れができ上がっているようだ。
 モータの減速機は2代目にはなかったので、単純に追加すれば全体が大きくなってしまう。その空間を稼ぎ出すため、回転力を最終減速機に取り出す方法を変えた。
 従来はチェーンを使って取り出していた(図左)。スプロケットとチェーンは、軸方向で見ると、一定の長さを占有する。新型ではこれを歯車に変えた(図右)。動力分割機構と、追加した減速機構はそれぞれ遊星歯車機構。両方の内歯車を1枚の大径の複合リングギアに統合した。このギアの外側の面にも歯を切り、これを使って回転を取り出せば、チェーンをなくせる。この部分は内側が減速機と動力分割機構、外側が最終減速機への伝達機構になり、軸方向に見れば同じ空間を共有できる。軸方向に占有する長さは増えない。
 複合リングギアの表面には、内側に動力分割機構の内歯車、減速機構の内歯車、外側に出力ギア、さらにここまでは触れなかったが駐車用のストッパと噛み合うギアもあり、“一人四役”ということになる。リングギアは熱処理でひずみやすく、また加工時もクランプするだけでひずむ部品で、歯面の精度を出せるかどうか、それを低コストで造れるかどうかが、同システムを成立させるためのカギとなった。

以下,『日経Automotive Technology』2009年9月号に掲載
図 モータ、発電機と動力分割機構
左が2代目、右が3代目。チェーンをやめて歯車にした。中央の大きな歯車の左右に大径の軸受が見える。