第1部<本質を見る>
注視すべきはモノマネの裏
起業家精神が道を創る

中国のモノづくりは極めて速い。ケータイなら1カ月半,クルマなら2年で開発を終える。それを可能にする産業基盤や文化を解き明かす。

資質と環境が高速開発を後押しする

 他社にマネできない機能を盛り込んだ,商品のイノベーションによって数年間,競争優位を保つ。こうした技術者の夢の実現は今,容易ではない。ノート・パソコン,カーナビ,プリンターの例を見るまでもなく,日本メーカーが放つ多くの商品が,東アジアのメーカーに魅力を削り取られ,収益性を失っている。

 電子機器や自動車業界を覆うこうした構図が,さらに進行する方向が見えてきた。電子機器や自動車の巨大市場である中国において,日本をはじめとした先進国メーカーの今後に大きな影響を与える変化が起きたからだ。中国メーカーの一部が,先進国メーカーが逆立ちしてもかなわないほど,極めて短期間に商品を開発するすべを身に付けた。

 その原動力となっているのが,先進国のメーカーが投入した商品の巧みな模倣,中核部品の流通,そして高度な産業集積である。中国では毎年,星の数ほどの企業が産声を上げる。その中には,取るに足らない企業が少なからず存在することも事実だ。しかし,有象無象ともいえるほど多数の中から,激しい競争を勝ち抜いてきた,えりすぐりの中国メーカーの潜在能力はあなどれない。

 誰もが造れる商品を,他社より圧倒的に早く・安く市場投入する─。これにより,日本メーカーなどが量産を開始して間もなく,すっかり果実を刈り取ってしまう。これこそが中国メーカーの十八番であり,「中国流イノベーション」の神髄と言えるだろう。中国メーカーが抱える課題は少なくないが,その壁を乗り越えれば,新興国を軸とした世界市場で成功を収めても不思議ではない

30人で年間1000機種を設計

 2009年4月,中国・深セン。携帯電話機の設計業者がさらりと,こう言ってのけた。「ウチは30人で年間1000機種を設計している」(香港 Caixon(凱信通訊科技)社の幹部)。日本メーカーとは雲泥の差だ。日本メーカーでは数十人が何カ月もかけて1機種を設計することが珍しくない。これに対してCaixon社では,一人が1カ月に実に3~4機種を設計するという。1機種当たりの開発期間で言えば,わずか1カ月半だ。

 開発が速いのは,携帯電話機だけではない。自動車も驚くべき開発スピードを誇る。世界シェア(個数ベース)で第2位の2次電池メーカーである中国 BYD(比亞迪)社は近年,矢継ぎ早にガソリン乗用車を発売することで,事業を急拡大させている。同社の新車の開発期間は約2年と,圧倒的な速さを誇る。

 中国における電子機器や自動車メーカーの開発期間は,日本メーカーに比べて極端に短い。以下では,(1)なぜそれが可能なのか,(2)その原動力である模倣という行為をどうとらえるべきか,そのうち悪質なものとどう戦うべきかを考える。最後に(3)中国勢が模倣を乗り越えて発展する素地があるのかを考えてみる。なお,本記事でいう模倣とは,知的財産権の侵害を必ずしも意味しない。他社品の真似を通して,モノづくりを正当に行うことも含む。

(1)高速開発の原動力
模倣を部品流通と産業集積が支える

『日経エレクトロニクス』2009年6月15日号より一部掲載

6月15日号を1部買う

第2部<BYD社の事例>
強烈なリーダーシップの下
模倣対象を的確に選択

BYD社は新規事業に参入し,次々と結果を出してきた。その裏には経営のリーダーシップに支えられた巧みな模倣がある。内実と今後の事業展開を分析する。

この人と電池に世界が注目した

 中国BYD(比亞迪)社のCEOを務めるChuanfu Wang(王傳福)氏は,当代中国きっての創業経営者といわれる。安徽省に生まれ,少年期に両親を亡くすという体験を糧にしたのかもしれない。「自分で道を切り開くという強い意志を持っている」(ある証券アナリスト)。

 Wang氏はこれまで,「常識破り」の事業拡大を次々と実現してきた。製造の自動化設備を購入せずにLiイオン2次電池を造り始めたり,一部品メーカーにすぎないのに携帯電話機の製造を受託したりした。さらには,精密機械工業の代表である自動車にも手を伸ばした。そして,それらすべてで一定の結果を出してきた。

 2008年におけるBYD社の売上高は,前年比21%増の約3991億円,営業利益率は4.3%に達した注2)。今や電池事業は売上高の2割にとどまる。残る8割は,小型液晶パネルなどの携帯電話機向け部品事業と,自動車事業でほぼ分け合う。そして2009年には,自動車事業が「全社の売上高および営業利益の半分を占める見込み」(米JPMorgan Chase & Co.の香港法人でBYD社を担当するアナリストのCharles Guo氏)という。

 携帯電話機の筐体などの電子部品や,携帯電話機の製造受託(EMS)を手掛ける子会社の中国BYD Electronic(比亞迪電子)社については,2008年の売上高が前年比48%増の約1275億円,営業利益率は12.6%だった。

ソニーとの特許係争を退けた

 BYDグループはWang氏のリーダーシップの下,「自社が置かれた状況に合わせて模倣対象を的確に選ぶ」ことで成長してきた。BYD社の歴史は,欧米の名だたるメーカーに実力を評価され,採用を勝ち取った歴史そのものである。

『日経エレクトロニクス』2009年6月15日号より一部掲載

6月15日号を1部買う