手作りは究極のエンターテインメントだ

「もしできるなら,実はネット家電とか,クルマとか,部品とかも作りたいんですよね…」
 芸者東京エンターテインメントという風変わりな名前のベンチャー企業のCEO兼ファンタジスタ,田中泰生氏は,ぼそりと話した。同社は2008年,拡張現実(AR)技術を使ったパソコン向けソフトウエア「電脳フィギュア ARis(アリス)」を発売し,ネット・コミュニティーで話題を呼んだ。パソコンのWebカメラで「電脳キューブ」と呼ばれる箱を撮影すると,画面上では箱の上にメイド姿の女の子が現れる。手の形をした「電脳スィック」を女の子がいる辺りにかざすと,女の子は喜んだり,怒ったりする。この仮想フィギュアで遊ぶ様子は,インターネットの動画共有サービスに投稿されて人気を博した。

第1部<新しい流れ>
ユーザー参加の開発が
大量生産ビジネスに変革を迫る

機器の自作を仲間と楽しむ「UGD」が,エレクトロニクス産業の表舞台に躍り出る。開発・製造のアウトソーシング化や要素技術のオープン化が後押しする。大量生産体制の常識を捨てた者だけが,ユーザー参加の新しい潮流をつかめる。

ユーザーが「作る」市場が生まれる

 エレクトロニクス業界はこれまで,実に数多くのエンターテインメントを消費者に提供してきた。ラジオ,テレビ,オーディオ,携帯電話,ゲーム…。エレクトロニクス・メーカーの工場から出荷される膨大な数の機器は,世界中のユーザーを魅了した。その販売で生まれた収益は研究開発の原資となり,新技術が次々と生まれた。大量生産した同じ仕様の機器を,なるべく多くのユーザーの手元に届けることが,エレクトロニクス業界を巨大な産業に押し上げたのである。

 マス・マーケットに完成品を届ける…。この「大量生産型ビジネス」とは異なる新潮流が,デジタル家電などエレクトロニクスの世界に押し寄せようとしている。ユーザーが機器やサービスの開発に参加し,メーカーが提供するハードウエアの機能モジュールやソフトウエアなどを組み合わせて自分仕様のデジタル機器を作り上げる動きである。ここでは,ユーザー参加型の開発環境から生まれた機器を「UGD(user generated device)」と呼ぶ。

『日経エレクトロニクス』2009年3月23日号より一部掲載

第2部<外に学ぶ>
肝はオープン体制の構築
外部活用で一品一様を実現

UGDは,自ら作りたいという欲求を強くかき立てられる趣味性の高い分野から花開きそうだ。その実現には,企画,開発,製造のすべての段階でオープンな環境の構築が不可欠になる。これまでの,メーカー中心のモノづくりの姿が今,変わろうとしている。

UGD時代への体制の変化

 ユーザー自らがモノを作るUGD(user generated device)は,個人がモノを作りたい欲求を強くかき立てられる趣味性の高い分野が起点になりそうだ。個人の高いモチベーションがなければ,わざわざモノを作ろうとしないからだ。

 UGD発展のシナリオはこうだ。まず趣味性の高い分野において,ユーザーがこれまで世の中にない機器を企画する。以前は,その先の開発や製造は誰にでもできるものではなかった。しかし,ネット社会の拡大によって「集合知」を積極的に利用するようになり,専門家やメーカーを巻き込んで,技術的な課題や製造のハードルを越えることができるようになる。そして,出来上がった製品が同じ趣味を持つ人たちのコミュニティーで大きな話題を呼び,それが次の企画へとつながって新たなUGDが作り出される好循環を生む。

 これは決して絵空事ではない。今でこそ,カメラやパソコン,オーディオといった機器は我々の身の回りにある当たり前の製品だが,その始まりはいずれも趣味性の高い,いわゆるマニア品だった。これらの製品は登場した当時はUGDだったのだ。

 アイデアと技術の素養を持った人たちが自ら欲しいモノを作り出し,それを核に発展してきた。一部のユーザーがそれを熱狂的に支持することで市場が形成され,時代を経るうちに老若男女を問わず幅広い世代へと普及していったのである。

今の大企業にはできない

 残念ながら,こうした趣味性が高い製品を現在の大企業の体制から生み出すのは難しい。今でこそ製造をEMSに委託するのは一般的になったが,企画や開発などほとんどの過程はメーカー内に閉じている。こうした体制では,個人の自由な発想や発案は製品に反映されにくい。大量生産を前提とし,企画のときから売上高のノルマを課せられては,ヒットするかどうかも分からない趣味性の高い製品を世に送り出すことは簡単ではない。

 だからこそ,UGDに大きな期待が掛かる。今の体制でヒットを生み出しにくくなっている大手メーカーなどの閉塞感を打破する可能性を秘めているからだ。個人が自由な発想で企画し,オープンな情報インフラを活用して作ったモノが,かつての一眼レフ・カメラと同じ道のりをたどるのも,決して空想の世界の話ではない。

 ただし,UGDの実現には,乗り越えなければならない多くの壁がある。ゴールは,企画,開発,製造というモノづくりの過程でユーザーが関与できるオープンな体制を構築することだ。これまでメーカーが一元管理し,閉ざしてきたこれらの過程をユーザーに開放してしまうというのは一見,不可能のように思える。だが,実現に向けてのいくつかの片鱗は既に見え始めている。

『日経エレクトロニクス』2009年3月23日号より一部掲載