【特集】DCTはATを置き換えるか 高応答・高効率の新世代変速機


Part 1:採用車種広がるDCT

ドイツVolkswagen(VW)社の独壇場だったDCT(Dual Clutch Transmission)。2008年に入って変速機メーカーが複数登場し、他のメーカーも多くの車種に採用を始めた。ドイツPorsche社、同BMW社、イタリアFerrari社などは縦置きDCTを採用。米Ford Motor社、スウェーデンVolvo社、米Chrysler社も横置きDCTをラインアップする。DCTは2014年には欧州生産車の自動変速機において3割以上を占める見込みだ。

 2003年にVW社の高性能モデル「Golf R32」用に「DSG」という名称で初めて採用されたDCT。登場した当初から、その応答性の高さや、燃費改善効果は高く評価されている。
 DCTは奇数段、偶数段に専用のクラッチを用意し、変速時にあらかじめ次の段の歯車をかみ合わせておくので、クラッチを切り替えるだけで素早い変速ができる。また、手動変速機(MT)と同様に平歯車で駆動力を伝達するので、遊星歯車を使う自動変速機(AT)よりも伝達効率が高い。
 しかし“高応答”“高効率”にもかかわらず、先駆者となるVWグループ以外では、日産自動車の「GT-R」、三菱自動車の「ランサーエボリューションX」など一部の車種でしか採用が進んでいなかった。

スポーツカーがDCTを次々に採用
スポーツカーがDCTを次々に採用
(a)Porsche社は「911」に7速DCTを採用し、「同ターボ」「Boxster」「Cayman」にも採用予定。
(b)Ferrari社も格納式ハードトップを持つ新型車「California」に7速DCTを採用した。


Part 2:大トルクに対応する縦置き

縦置きのDCTではトルク容量が750N・mという大トルクに対応する変速機が登場。一般的なFR(前部エンジン・後輪駆動)車用の2軸タイプだけでなく、変速機構とデファレンシャルを一体化したトランスアクスルタイプも実用化された。トランスアクスルでは変速機構とデフの位置関係、油圧回路の仕組みなどに各社で違いが見られる。縦置きDCTはまだ少量生産であることから、メーカーは汎用性を高めコスト低減を図っている。

 一口に縦置きといってもその種類は多岐にわたる。一般的なFR車では、入力軸と出力軸がMTのように上下2段になったタイプが使われる。一方、ミッドシップやRR(後部エンジン・後輪駆動)車では、デファレンシャルを変速機に一体化したトランスアクスルが主流だ。
 FR車に適用したのがBMW社のM3。トランスアクスル形式を採るのが、Ferrari 社のCalifornia。さらに911 はRR車用トランスアクスルを搭載し、Audi社も同社としては初めて縦置きトランスアクスルを登場させた。既に実用化されている横置きFF(前部エンジン・前輪駆動)車用も含めて、ほとんどの駆動方式向けが出そろったことになる。


Part 3:低コスト化目指す横置き

DCTの普及拡大には、さらなる効率向上と低コスト化が必要だ。そのためにクラッチや変速動作における油圧系の削減が進んでいる。Getrag Ford社では乾式クラッチを使い、モータでクラッチおよび変速動作をするDCTを実用化する。米BorgWarner社は湿式クラッチながら、二つの入力軸を共用化した低コストのDCTを開発中。次世代の横置きDCTは、より低価格の小型車にも広がりそうだ。

 DCTは従来のATに対してトルコンの滑り損失、遊星歯車機構を切り替えるクラッチの引きずり損失などがないという利点がある。多数の油圧アクチュエータ、デュアルクラッチの引きずり損失、シンクロの損失、レリーズ軸受の損失などATにないデメリットもあるが、総合的に見れば効率は上回っており、燃費改善が見込める。
 代表的な変速機の効率を負荷や回転数によって比較したのが図1。英Ricardo社の分析によるもので6MT、乾式DCT、湿式DCT、ATを比較している。常用するエンジン回転数1000 ~3000rpmにおける効率の比較では、DCTは乾式、湿式ともにATより効率が高く、特に乾式はMT並みの効率となる。低中負荷において6MTや乾式DCTは効率が90 ~95 %であるのに対し、湿式DCTでは85~90%、一方ATでは80~85%程度にとどまる。

乾式DCTの効率はMT並み
乾式DCTの効率はMT並み
横置きタイプをRicardo社がトルク、回転数で分析。(a)6速MTは全域で85%以上。(b)乾式タイプは低中負荷では90~95%。(c)湿式タイプは低中負荷で85~90%。(d)ATは低中負荷で80~85%程度にとどまる。


Part 4:多段化で対抗するAT

燃費改善の強い要求に応えるためトルコン式ATは7速以上の多段化に向かっている。Daimler社とトヨタに続いてジヤトコとZF社がそれぞれ新型の7AT、8ATを開発した。ジヤトコは5ATの部品との共用化を進め、低コストで7ATを実現。ZF社の8ATは従来の6ATとまったく異なる設計で、幅広いトルク容量に対応させた。トルコンの損失を低減するため、モータや湿式クラッチを発進要素に使うことも視野に入ってきた。

 自動変速機市場で長らく主流の座を占めてきた従来のトルコン式AT。DCTの登場は、この従来型ATにとって脅威だ。Part3でも説明したように、同じ変速段数では伝達効率が劣る分、燃費の点で不利になる。これまでもトルコン式ATは多段化で進化してきたが、いっそうの燃費改善が求められている。
 トルコン式ATの燃費改善に有効な対策はいくつかある。一つは、これまでと同様に多段化を進めること、もう一つはロックアップ回転数を下げることだ。さらにトルコン自体をより損失の少ない発進要素に変えるという方法も考えられる。

ジヤトコの7AT「JR710E」
ジヤトコの7AT「JR710E」
従来の5ATをベースに遊星歯車を1列追加。トルク容量400N・mまでの「JR710E」と、600N・mまでの「JR711E」がある。