【特集】「IT悪者説」を検証する

「コンピュータなんかに頼るから,変な設計をするんだ」。これだけ業務にコンピュータが浸透し,ものづくりの基幹部分を支える存在となった現在も,コンピュータ・システムは悪者にされ,しかもそれが共感を得てしまう。本当にコンピュータが悪者ならば,使うのをやめれば済むはず。悪者説が消えない理由を深く追究していくと,技術者と企業が抱えている問題の本質が見えてくる。(木崎健太郎)


【特集】「IT悪者説」を検証する

「電子化偏重により人間軽視が進行」「コンピュータ化が製造業を蝕む」。設計と生産の業務に使っているコンピュータのせいで,技術者が大切な何かを見失い,業務と成果物の質が低下してしまう,といった言説がしばしば現れる。具体的には「コンピュータで設計するから品質が落ちる」「コンピュータを使うから画一的な処理しかできない」といったものだ。
 このような見方は,少なからず人の共感を呼ぶところがあり,本能的にうなずいてしまうことも多い。ただ論理的に考えて,コンピュータは本当に悪い存在なのだろうか。もしそうならば,コンピュータ・システムを捨ててしまえば済む話。しかし現代においてはもはや,製造業に限らず,コンピュータ・システムを使わずに仕事を進める選択肢は考えられない。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

コンピュータは嫌われる


【特集】「IT悪者説」を検証する

「金型をフルに3次元CADで設計するようにした。ようやく慣れて2次元でなくてもやっていける状況になったが,時間が余計にかかるようになった」。射出成形用の金型メーカー,モルテック(本社川崎市)が明らかにした“実感”だが,これは金型メーカーだけの問題ではない。製品メーカーの設計部隊から見て後工程に当たる金型メーカーが,それほど3次元CADの恩恵を受けていないということになれば,製品メーカーが3次元CADデータを作る意味も薄れてしまう。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

3次元CADが時間を浪費


【特集】「IT悪者説」を検証する

「1997年ごろから,国産車のリコール件数が急に伸びている。この要因の一つは,同時期に国内自動車メーカーがこぞって導入を進めた3次元CADにある」(インクス代表取締役社長の山田眞次郎氏)。リコールが増えた要因にはリコール体制の整備や車種の拡大といったものもあり,これは極端な表現かもしれない。しかし,山田氏によれば「3次元CADのせいで品質が落ちた」と言うだけの論理がある。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

3次元CADが品質を落とす


【特集】「IT悪者説」を検証する

多品種少量生産,あるいは変種変量生産で売れるものを売れるだけ造ることでムダな在庫をなくし,収益性を向上させる─。多くの企業で進むこの動きを,コンピュータが邪魔している場合がある。
 動力伝達部品製造の三木プーリ(本社川崎市)は1999年,同社テクニカルセンター(神奈川県座間市)で,あるシステムを稼働させた。自動倉庫とコンピュータによる生産管理を組み合わせ,在庫圧縮を狙ったシステムだ。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

生産管理システムが在庫を増やす


【特集】「IT悪者説」を検証する

構造解析をはじめとするコンピュータの解析計算(CAE)が,設計技術者にとって身近に使えるもの になってきた。
 CAEの誕生は意外に古く,1960年代にさかのぼる。そして,その普及過程は「あんなものがあるせいで,若手技術者が机上だけで計算するんだよ。だから,おかしな設計になる」といった,ベテラン技術者による悪者説との闘いの歴史でもあった。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

CAEが招く強度不足


【特集】「IT悪者説」を検証する

PDM,CAD,CAEといった設計者のためのコンピュータ・システムは,多くの企業で定着している。そこでの工数削減効果は,実際,かなりのものがあるようだ。そして削減された工数は,新技術の開発や設計品質の向上など,企業の競争力を高めるのに役立っているはず─。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

PDMでかえって忙しくなる


【特集】「IT悪者説」を検証する

多くのメーカーで設計の外注化が進んでいる。正規雇用の社員は調整や打ち合わせに忙殺され,設計については派遣技術者などの非正規雇用者に大まかな指示を出すにとどまる。実際の設計作業,モデリング作業,製図作業をこなしているのは非正規雇用者だ。実際の設計者のうち半数以上を非正規雇用者が占める企業は,いまや全く珍しくない。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

3次元CAD普及で設計者が設計しなくなる


【特集】「IT悪者説」を検証する

コンピュータが悪者とされるときの背景を探っていくと,さまざまなケースに共通する要素に気付く。そのうち最も目立つのは,コンピュータには内部処理に使っている情報を人間から見えにくくする性質がある,ということだ。いわゆるブラックボックス化であり,これはコンピュータが情報を目にも留まらないスピードで処理するという長所の裏返しとみてよいだろう。(以下,「日経ものづくり」2008年8月号に掲載)

コンピュータによる自動処理化前後での情報の見え方
図●コンピュータによる自動処理化前後での情報の見え方