1975年秋。CMOSの高速化技術の開発に着手した日立製作所中央研究所の増原利明と酒井芳男は,思いつく限りのアイデアを出し合った。その数は最終的に数十件にも上った。一つ一つに対し,実現の可能性や課題などを検討する。彼らが選び取った宝石の原石は,1976年初旬に酒井が提案した「2重ウエルCMOS」と呼ぶ技術だった。さまざまな角度から見て最も優れている。Si基板上にp型不純物を導入した「pウエル」とn型不純物を入れた「nウエル」を作り,それぞれのウエル内にトランジスタを作り込む技術である。 そもそもCMOS回路が遅いのは,nMOSとpMOSという2種類のトランジスタを同一基板上に作らなければならないことに起因する。従来はn型Si基板上にpMOSトランジスタ,基板上のpウエルにnMOSトランジスタを形成していた。この方法では,nMOSの性能を高めようとするとpMOSが遅くなるといった具合に,両者を同時に最適化できない。n型Si基板とpウエルの不純物濃度をそれぞれ独立に調整できないためである。これに対し,2重ウエルCMOSは不純物濃度の低いSi基板に,最適な濃度でpウエルとnウエルを作れる。nMOSとpMOSの性能を最大限に引き出せる。