1992年8月,非接触ICカードの研究開発プロジェクトは,ソニー社内でお蔵入りになった。 最後の一人になるまで研究を続けていた日下部進にも,もはや過去を振り返る余裕はなかった。新たに与えられた研究テーマ,無線LANの高速化に没頭する毎日だった。

 残暑の熱気もようやく和らいだ10月。日下部の机の前に,上司の伊賀章がふらりと現れた。何だろう。新しく買ったラジコン・ヘリの自慢かな?

 「あのさ。非接触ICカードの研究,再開することになったから。日下部君,よろしくね」。

 「…えええ!?」