──パチリ
──パチリ

 将棋を指す凛とした音が,会場に響き渡る。その日の対局中,将棋界の七大タイトルの一つである竜王位を保持する渡辺明は,ときに頬を紅潮させ,ときに頭をかきむしった。対峙していたのは,コンピュータ将棋ソフトウエア「Bonanza」だ。

 先手のBonanzaの戦法は,四間飛車穴熊。対する後手の渡辺竜王は,居飛車穴熊を構える。序盤,中盤と両者はせめぎ合い,均衡を保ったまま終盤を迎える──。

 96手目に勝負の分かれ目が訪れた。Bonanzaの穴熊を崩すべく,渡辺竜王は3九龍を放つ。この瞬間,竜王は自らの勝ちを確信する。一方この手を軽視したBonanzaはその後の攻め合いで詰め切れず,一気に形勢が傾いていった。渡辺竜王が112手目に2七歩と指したのを受けて,Bonanzaは自らの負けを判定し,投了を告げた。対局開始から実に3時間10分が経過していた。