日経ものづくり ドキュメント

レクサスLSの開発―――第6回

逆転の発想

 トヨタ自動車の田中雅晴。未来のトランスミッションを考える先行開発部隊に属し,変速制御のスムーズ化を研究するトランスミッションのエキスパートが異動の内示を受けたのは,紅葉の散った2004年初冬のことだった。
「年が明けたら,LSの開発チームで8ATの実現に向け力を貸してほしい」
 世界初の8AT。そこには既に,アクセル開度と車速からドライバーが期待する駆動力を計算し,その値に基づいて最適なギア段とスロットル開度を決定する「駆動力統合制御システム(DRAMS)」などの搭載が決まっている。そのDRAMSを8AT向けに最適化したりスムーズな変速制御を実現したりするために,田中の力が必要とされたのだ。
 残りわずかとなった今の職場。やりかけの仕事や周囲への引き継ぎなどに追われながらも,田中は次の職場での仕事,すなわち8ATのことを考え始めていた。8ATもDRAMSも,素材としては一級品。それを生かすも殺すも,「料理人」の腕次第だ。そういえば,あれはどうなっているのだろう。8ATに載せるという話は聞いている。あれを使えるか使えないかで,料理の味付けが随分と変わってくるのだが・・・。

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田中 雅晴 トヨタ自動車 パワートレーン本部第2ドライブトレーン技術部第1AT技術室グループ長
写真:栗原克己