日経ものづくり 直言

技能・技術・マネジメント
「三つの匠」こそ生きる道

カルソニックカンセイ 名誉顧問
早稲田大学 日本自動車部品産業研究所 副所長
大野 陽男


 それまで欧米を中心に発達してきた世界の自動車産業で,1960年代に入ると日本が急速に台頭した。続く1970年代に日本は高品質,高性能,低価格の小型車を輸出して欧米の自動車産業を追撃し,1980年には一時ついに米国を抜いて世界最大の自動車生産国となった。そして,バブル経済崩壊後の1990年代,「失われた10年」といわれ日本経済に元気のなかった時期でさえ,国内生産は落ち込んだものの日本車の海外生産は一貫して増え続け,現在,日本の自動車産業は世界のトップを走り続けている。
 いったいこの強さはどこから来るのだろうか。背景には日本的開発・生産・取引システムの在り方と日本人の勤勉さや器用さがあると思うが,筆者はそれに加えて終身雇用制の中で上司から部下への着実な技能・技術の伝承があったことを挙げたい。
 しかし,日本のお家芸であったこの「匠の技」も,バブル経済崩壊以降に派遣や請負といった形で進行した雇用制度の多様化や,社会の価値観の多様化などにより,その地位を発展途上国などに奪われつつある。今,日本はこの弱体化した現場力の回復・強化に「ものづくり」の面から躍起になって取り組んでいる。そのかいあって徐々に生産の「国内回帰」の傾向が見られるようになったが,これをより確実なものにするために,私は「三つの匠」づくりを提唱したい。

日経ものづくり 直言
大野 陽男
1958年早稲田大学法学部卒,1987年日産自動車取締役,1989年同社常務,1991年北米日産社長,1993年カルソニック社長,2000年カルソニックカンセイ会長,同年自動車部品工業会会長。 1981年マツダ入社。1994年神戸大学助教授,1999年から現職。2001年から経済産業研究所ファカルティフェロー兼任。経営学博士(MIT)。