日経ものづくり 開発の鉄人

第29回 雨降って地崩れる,その前に

「開発の鉄人」こと 多喜 義彦

地盤の計測というのは,もともとは典型的な公共事業型の商売だ。 重い機材を背負って山に分け入ったりするので, 生産性はそう高くはない。 それを改善することから始まって, 計測システムのメーカーになってしまった会社がある。 さらには情報産業に化けるかもしれない。


 今年は雨がよく降ったね。観測史上最高の雨量を記録した地点が全国で数十カ所もあるっていうから,とんでもない降り方だ。がけ崩れや浸水の被害もすごかった。
 地球シミュレータを使った予測では,今から100年後,九州では1時間に30mmを超す豪雨の回数が今の1.7倍になるという試算があるらしい。豪雨関係,水害関係って,ある意味成長産業だよね。
 いや,「人の不幸で商売する」と考えちゃいけない。災害を予防したり,予知したり,予測したりするのは立派な人助けなんだ。「雨降って地固まる」っていうけど,しょせんことわざはことわざでさ,ホントは「雨降って地崩れる」ことの方が切実なんだよ。

伸縮をワイヤで測る
 島根県松江市に藤井基礎設計事務所という会社がある。もともとは土木系のコンサルタントだ。それが今では立派な計測システムのメーカーになった。しかも,近い将来にはデータ配信という情報産業にまで手を伸ばすかもしれない。業態がどんどん変わっていくんだ。あ,もちろんコンサルタントも盛業中だよ。
 昔から伸縮計を使って地盤の計測を手掛けていた。地方自治体から受注して,地盤の動きを計測する。周囲の状況を代表するような2点を決めてね,その間にワイヤを張るんだ。熱膨張の小さいインバー線というワイヤだ。片方は固定なんだけど,もう片方はリールに巻いておく。リールの回転をエンコーダで拾うんだね。
 ずっと昔は測定する場所の近くに小屋を建ててペンレコーダで記録していた。時々記録紙を交換して読み取るわけだから,リアルタイムでは分からない。ずっと人がいてペン先を見ているのなら別だけどね。伸縮計が動くのは,地滑りの前兆かも知れないわけだから,リアルタイムで伝わらないってのはまずいでしょう。
 手間も大変だ。がけが崩れるとか崩れないとかいってるような場所だから,簡単に行けるわけがない。豪雨の中,記録紙をぬらさないようにかばいながら目的地まで歩く―これじゃ業務というより冒険だよ。

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図●地盤変位測定器「のび太」
右奥へ向かう塩ビ管の中にインバー線が通る。