雑誌 特集

シンドラーの波紋

田野倉 力
2006/09/26 00:24
 
日経ものづくり 特集

2006年6月,東京都港区のマンションでエレベータによる死亡事故が発生した。 なぜ,トビラが開いたままで動くようなエレベータが存在したのか。 機械システムとして設計・製造上の欠陥はなかったか。 保守や管理に不備はなかったか。 過去の不具合や事故についての情報共有に不足はなかったか。 これらの課題は,エレベータ事故だけに当てはまるものではない。 パロマ工業製の瞬間湯沸器による一酸化炭素中毒事故, 埼玉県ふじみ野市の市立プールにおける吸水口への吸い込み事故, 紙用シュレッダで子供が指を切断する事故。 これらの事故にも共通する,安全確保のカギとなる課題をいま一度検証する。 (中山 力)

総論
相次ぐ事故に共通する課題
再発防止に三つの視点

安全装置の裏側
トビラが閉じずに動くカゴ
想定外の事態で表れた弱点

軽視された保守
自覚のなさが高めるリスク
業者間の責任分担を明確に

生かせぬ教訓
埋もれてしまう不具合情報
分析と公開が予防のカギ


総論
相次ぐ事故に共通する課題
再発防止に三つの視点

 2006年6月3日19時20分頃,東京都港区の区民向け住宅「シティハイツ竹芝」の12階において,エレベータによる死亡事故が発生した(図)。トビラが開いたままでカゴの上昇が始まるという「起こるはずがない」現象によって,被害者はカゴの床と乗り場の天井に挟まれた。
 事故を起こしたエレベータの製造元がシンドラーエレベータ(本社東京)だったことから,国土交通省は事故後,同社製エレベータの不具合情報の収集を進めた。しかし2006年9月現在,捜査当局は事故原因がエレベータ本体にあると確定しているわけではなく,エレベータの管理者である港区住宅公社,保守管理を請け負っていたエス・イー・シーエレベータ(本社東京)ともに事故原因と無関係とは言い切れない。
 しかし,国土交通省の諮問機関が再発防止策の検討を進める中,現状のエレベータの安全対策には不十分な要因があることが判明した。「安全装置が有効に働かなかった」「不適切な保守によって安全性が低下していた」「事故情報を適切に共有できれば未然に防げた」―といった可能性が指摘されている。

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図●戸開走行を防止する安全装置の概要
エレベータのカゴおよび乗り場側のトビラ(戸)には,閉まっていることを検知するスイッチ(センサ)が取り付けてある。電磁ブレーキの解除や駆動モータを制御するプログラムは,これらのスイッチがすべて「入」の状態にならない限り,エレベータを動かさない。


安全装置の裏側
トビラが閉じずに動くカゴ
想定外の事態で表れた弱点

 戸開走行を防止するはずの安全装置。しかし,事故を起こしたエレベータは,トビラが開いたままでカゴが上昇するのを許してしまった。
 Part1で指摘したとおり,戸開走行の原因として考えられる不具合の発生源は三つある。トビラの開放を検知してカゴを制止する,という安全装置を構成するプロセスのうち,(1)トビラの閉状態を確認するスイッチ(2)運転制御プログラム(3)電磁ブレーキ―だ。国土交通省のエレベータワーキングチームはこのうち,運転制御プログラムもしくは電磁ブレーキの不具合への対応が不十分だと考えた(図)。

スイッチの信頼性は十分
 残りの一つ,トビラの開閉を知るためのスイッチに関しては,単一故障での危険性は少ないと判断している。乗り場側トビラとカゴ側トビラが同時に開閉するため,現状でも2重化されていることになるためだ。  スイッチの接点部品はトビラ本体とトビラの枠に分かれており,トビラを閉じない限り通電しないようになっている。さらに,スイッチの接点はトビラが開く際に強制的に引き離されるため,誤作動の可能性が低い。

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図●戸開走行の原因分析
現時点では電磁ブレーキもしくは制御装置の不具合が,戸開走行を引き起こしたと考えられるため,それぞれについての対策を考えた。(エレベータワーキングチーム会議資料から)


軽視された保守
自覚のなさが高めるリスク
業者間の責任分担を明確に

 シンドラーエレベータは事故直後,「この事故がエレベータの設計や設備によるものではないことを確信している」とのコメントを発表した。その後,社会的な圧力からスイス本社の幹部などが来日して謝罪したが,自社の製品に問題はなかった―という姿勢に変化はない。
 事故を起こしたエレベータは設置以後,2004年度まではシンドラーエレベータが保守していた。翌年以降は競争入札の結果,他の保守業者が契約している。事故当時は,エス・イー・シーエレベータ(本社東京)が保守していた。シンドラーエレベータはこの点も強調しており,暗に,適切に保守されていれば事故は起こらなかったという主張を匂わせている。

正しいメンテナンスを維持させる
 製品事故が発生した場合に,このようにメーカーが「メンテナンスが不十分で,設計時の安全対策が無効になっていた」などといったコメントを出す場合が多い。不正改造によって安全装置が無効になっていたガス瞬間湯沸かし器の事例も,このケースに当てはまる。
 確かに正しいメンテナンスは,安全を確保する上での前提である。しかしそれを維持することは,当たり前のことのようでいて,意外と難しい。エレベータ事故でも,流水プール事故でも,完成時にはメンテナンス体制がしっかりしていたかもしれないが,時間が経過するうちにおろそかになり,気付かぬうちに安全性が低下してしまった可能性がある。

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図●利用者と所有者,メーカー,保守業者の関係
エレベータの安全を確保する責任は所有者(管理者)にあり,その実現のために保守会社へ委託したり,必要な情報をメーカーや保守会社から収集・管理したりする必要がある。


生かせぬ教訓
埋もれてしまう不具合情報
分析と公開が予防のカギ

 事故が起こると,必ずと言っていいほど過去に類似の事故が発生していたり,不具合が頻発していたことが明らかになる。その教訓を生かせれば,事故を未然に防げたのではないか―との声が上がっては,また同じことが繰り返される。

安全に反する情報の出し渋り
 安全の確保に有用な情報を最も蓄積しているのがメーカーである。ところがメーカーから外部に出てくる情報は少ない。港区議会が国に対して提出した意見書の中でも「エレベータの欠陥や不具合,事故の関する情報がどこにも報告されておらず,(中略)所有者にすら正しい情報が提供されていない」と指摘している。
 「メーカーは基本的に,自社系列の保守業者には情報を伝えるが,それ以外の保守業者にはエレベータに関しあらゆる情報を秘匿する」。こう語るのは,独立系保守業者の任意団体である日本エレベータメンテナンス協会会長の岩島伸二氏だ。
 設置後の安全確保に重要な役割を果たす保守業者に対して不具合情報を伝えることは,安全を維持する上で不可欠。過去にリコールに相当するような不具合があっても,情報は公開されずに内部で処理されているという。このため,「保守契約がメーカー系から独立系に変わった場合,リコールに相当するような部分が改修されないことさえある」(同氏)

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図●情報の把握と伝達
事故や不具合の情報は,ユーザーや保守業者などからメーカーに伝えられる場合が多い。事故の再発や拡散を防止するためにも,メーカーの枠を越えた情報の収集・共有の仕組みが必要になる。

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