雑誌 Cover Story

2010年のクルマ

安全・環境基準が変える

田野倉 力
2006/06/28 10:04
 
日経オートモーティブ 特集

スポーツにもルールがあるように、クルマの開発にもルールがある。ルールを知らないのでは、試合に出ても勝負にならない。2010年に向けてルールはどう変わっていくのか。それを知れば2010年のクルマが見えてくる。安全、環境分野での基準改正と、新たに必要となる技術を探った。(小川計介、林 達彦)

【Part1:緩む基準と厳しくなる基準】

先進安全装備は緩和で進化
歩行者保護・排ガスは強化へ

【Part2:プリクラッシュ・セーフティ・システム】

衝突の被害軽減から衝突の回避へ
歩行者の検知も可能に

【Part3:運転支援システム】

駐車支援システムは前進にも対応へ
クルーズコントロールも
使い勝手が向上

【Part4:衝突安全】

持ち上がりフードが頭部を保護
むち打ち傷害を軽減する
シートの法規化も

【Part5:ガソリン車の排ガス】

規制の実質強化でさらにクリーン化
低温時の排ガス浄化が課題に

【Part6:ディーゼル車の排ガス】

ガソリン車並みの排ガスレベル狙う
DPFとNOx還元触媒の両方が必須に


【PART1】緩む基準と厳しくなる基準
先進安全装備は緩和で進化
歩行者保護・排ガスは強化へ

ぶつかりそうになるとクルマが
ブレーキをかけて停止させてくれる。
駐車するときにはカメラが駐車スペースを認識して、
前進・後退を繰り返しながらクルマを停めてくれる。
ディーゼル車の排ガスが
ガソリン車並みにクリーンになる。
2010年のクルマは安全・環境面で大きく進化する。


 2010年まであと4年。クルマの全面改良1サイクル分にも満たないこの期間に、クルマの安全性能と環境性能は大きく進化しそうだ(図)。2010年のクルマがどうなっているのか、まず、シーン別に予測してみよう。

フードが持ち上がり歩行者を保護
 2010年になってもクルマの自動運転は実用化しておらず、運転の主役がドライバーであることは変わらない。
 しかし、事故を回避し、被害を軽減するためのシステムは大きく進化する。例えばプリクラッシュ・セーフティ・システム。現在は衝突を防ぐことはできず、衝突の衝撃を軽減するだけだが、2010年には自動的にブレーキをかけて先行車への追突を防ぐことが可能になりそうだ。
 また歩行者に衝突した場合の傷害を軽減するために、現在のクルマもフロントフードやフェンダーに衝撃吸収構造を取り入れているが、フードの低いスポーツ車種などでは対応が難しかった。2010年のクルマでは瞬時にフロントフードの後部を持ち上げることでフードの低いクルマでも衝撃吸収ストロークを確保するようになるほか、一部の車種ではフロントピラーに歩行者用エアバッグを備えるようになりそう。バンパーには歩行者の脚部を保護するための緩衝材が装着される。

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【PART2】プリクラッシュ・セーフティ・システム
衝突の被害軽減から衝突の回避へ
歩行者の検知も可能に

2010年には自動ブレーキの機能が大幅に拡張される。
ブレーキの作動時間が伸びて、
衝突を回避できるようになる可能性がある。
日野自動車がトラック「プロフィア」で
いち早く新基準に対応した。
現状では数少ない、
歩行者を検知するシステムも実用化される。
ミリ波レーダは障害物検知だけでなく、
データ通信にも利用されるかもしれない。




 運転中にブレーキを踏むのが遅れて先行車に追突してしまった、という話は良く聞く。ぶつからないまでも、ヒヤッとした経験を持つ人も多いだろう。
 2010年ごろには、レーダを搭載したクルマであれば、先行車にぶつかりそうになっても、衝突の被害を抑える「プリクラッシュ・セーフティ・システム」の自動ブレーキ(被害軽減ブレーキ)が作動し、先行車の一歩手前で停止するクルマが商品化される可能性がある。
 現在でも自動ブレーキのシステムは実用化されているが、被害を軽減できる程度は限られていた。今後は、被害の軽減だけでなく、限りなく衝突を回避する方向に、安全システムが進化していく。

完全な停止も可能に
 プリクラッシュ・セーフティ・システムを進化させるために、国土交通省は、2005年11月に自動ブレーキに関する技術指針を改正した。乗用車とトラックのそれぞれについて改正したもので、いずれも従来より早いタイミングで自動ブレーキを作動させることを可能にした。乗用車ではブレーキの作動開始は、衝突までの0.6秒前から1.4秒前に早くなった(図)。
 衝突の0.6秒前は、ブレーキ操作でもステアリング操作でも物理的に回避できない状態だ。運転の上手下手にかかわらず衝突を回避できない。
 ただし、増加傾向にある事故件数や負傷者数を減らすには、さらに早いタイミングでブレーキを作動させる必要があることから、国土交通省は2003年から自動ブレーキの作動時間を伸ばす方向で検討を続けていた。
 国土交通省の実験評価によると、ほとんどの人は、衝突の1.4秒前にブレーキかステアリング操舵を実施することが分かった。そこで、それまでの0.6秒という物理的な限界から、人間の限界行動を基にして1.4秒前にブレーキの作動開始のタイミングを前倒しした。
 新しい指針では、衝突直前の0.6秒間は従来通り0.51G(1G=9.8m/s2)以上のブレーキ力の作動を求めているが、新たに追加した手前の0.8秒間についてはブレーキ力は特に定めていない。

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図●被害軽減ブレーキのイメージ
左が従来、右が改正後。従来は衝突は避けられなかったが、改正後はブレーキの強さによっては衝突を回避することも認めている。


【PART3】運転支援システム
駐車支援システムは前進にも対応へ
クルーズコントロールも使い勝手が向上

クルマが後ろだけでなく前にも進んで駐車してくれる。
カメラが車両周囲の歩行者や障害物を
認識してドライバーに注意を促す。
クルーズコントロールは、
ブレーキ作動力が高まり使い勝手が向上する。
高速走行時はヘッドランプの
照射距離を伸ばすことで安全性を高める。
2010年のクルマは運転を
ラクにする装備も進化する。




 狭いスペースに駐車するときはステアリング操作が面倒だし、近くの障害物にクルマをこすったりしないかと気を遣いがちだ。
 これを解決するのが、ステアリング操作を自動化した駐車支援システム。トヨタ自動車が「IPA」(インテリジェントパーキングアシスト)として実用化しているが、将来的には他社も搭載する可能性が高い。
 現行の駐車支援システムは、車両後部に設置したカメラで車両後方の映像をカーナビ画面上に表示し、ドライバーが希望する駐車位置をタッチパネルで指定すると、車両が後退し始める。ドライバーは、車両の周囲の安全を確認しながらブレーキペダルで速度を調整するだけで良く、ステアリングは自動的に動く。
 現在、システムの作動領域はクルマが後退するときに限られているため、システムを作動させるには、希望の駐車場所に後退すれば入れる位置まで車両を移動させる必要があった。
 2010年ごろの駐車支援システムは、フロントカメラとリアカメラの両方を活用することで、自車を移動させる手間が軽減される見込み。希望の駐車場所が前方に見えている地点からシステムを作動できるので、クルマが自分で前方に移動した後、今度は後退して希望する位置に駐車できるようになる。
 2010年のシステムは、駐車する際の安全性も高まるはずだ。車載カメラは駐車位置を認識するだけでなく、歩行者や近くの駐車車両を障害物として認識し、ドライバーに警告する。もちろん、歩行者による急な飛び出しなどもあるので、システム作動時はドライバーが常に周囲を確認しているのが前提条件だが、あらゆる方向の障害物を確認しながら操作する負荷が軽減される。

後退に入れなくても作動可能に
 駐車支援システムの大幅な進化を可能とするのが、国土交通省による2006年5月の技術指針の改正だ。これまではシステムの開始時に変速機の位置をR(後退)にする必要があったが、指針改正により変速機の位置を問わなくなった。このため、変速機がD(運転)でも駐車支援システムを開始することが可能になった。
 2006年5月の指針で改正されたのは、支援開始時の変速機の位置だけで、これ以外については従来と同じだ。システム作動中は、ドライバーはブレーキペダルを踏みなが移動速度(4km/h以下)を調整する必要があるほか、駆動力としてはアクセルの力ではなく自動変速機のクリープ力を用いる。また、システム作動中に、アクセルペダルを踏んだり、変速機の位置を変化させると、システムがキャンセルされる点もこれまで通りだ。

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図●アイシン精機が出展した次世代駐車支援システム
2006年4月に米国で開催した「SAE」で展示したもの。2004年のITS世界会議で展示した従来のコンセプトと比べて、支援中に前方にもクルマを移動できるようにした(左下)ほか、画像処理機能で歩行者を検知する(右下)。


【PART4】衝突安全
持ち上がりフードで頭部を保護
むち打ち傷害を軽減するシートの法規化も

国内での交通事故死亡者の3割は歩行者が占める。
事故軽減に向けて、日本と欧州は
2005年秋に相次いで歩行者保護の規制を導入した。
今後は衝突時に歩行者が受ける衝撃を緩和するための装備として
ポップアップフードやエアバッグの搭載が見込まれる。
むち打ちの傷害を軽減するシート構造も、
2010年のクルマには求められそうだ。




 欧州では2005年末から2006年夏にかけて、衝突時に歩行者頭部の傷害を軽減するポップアップフード(持ち上がりフードとも呼ぶ)を搭載した高級車が続々と登場している(図1)。
 バンパー前部にセンサを配置して歩行者との衝突を検知し、フード後部を持ち上げて頭部への衝撃を和らげる安全システムだ。
 一般的に、歩行者の頭部への衝撃は、フロントフードが折れ曲がることで吸収する。ただし、車高の低いスポーティーなクルマはエンジンとフードの間に十分なすき間を確保するのが難しく、安全性を高めるのには限界があった。また、スポーティーな車両は少しでも軽量化を図るためフードの素材を鋼材ではなくアルミニウム合金製としているケースが多い。アルミは、鋼材に比べて曲がりやすいため衝撃吸収量が少なく、さらに変形の結果、フードがエンジンに当たるまで曲がってしまい歩行者の頭部への衝撃が増すといった面も指摘されていた。

頭部の保護が急務
 このため自動車メーカーは、スポーツカーなどフードの高さを抑えたデザインを重視しつつも、安全基準を確保するにはポップアップフードやさらにその先に登場するとみられる歩行者用エアバッグが効果があると考えている。
 ポップアップフードの商品化で先頭を切ったのは、フランスCitroen社が2005年末に発売した「C6」。「Active Bonnet System」として採用した。続いて、英Jaguar社が2006年初めに「XK」で「PDBS」(Pyrotechnic Pedestrian Deployable Bonnet System)を、さらにホンダも2006年夏に投入する欧州向け「レジェンド」で「Pop Up Hood System」として実用化を決めている。

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図●ポップアップフードのシステム
ホンダ(左)、フランスCitroen社(中央)、イギリスJaguar社(右)がある。歩行者と衝突を感知するとフロントフードが持ち上がる。ホンダの画像はレジェンドとは異なる。


【PART5】ガソリン車の排ガス
規制の実質強化でさらにクリーン化
低温時の排ガス浄化が課題

2010年のガソリン車は今よりもさらにクリーンになる。
暖機時間を短縮するために、
冷却水やオイルの昇温を促進するシステムが必要。
低温時の排ガスを吸着する
HC(炭化水素)トラップの装着も考えられる。
高度なOBD(車載故障診断装置)の標準化で
センサの異常も検出しなければならない。
グリーン税制やカリフォルニア州の規制への対応が
クリーン化技術をリードする。




 日本の現行の排ガス規制は2005年に施行された平成17年規制だが、早くも次の規制が2009年に予定されている。特にディーゼル重量車にとってのハードルは一段と高くなる。一方、ガソリン乗用車は直噴エンジン車に対してディーゼル乗用車と同じPM(粒子状物質)規制値0.05g/kmの値が追加されるが、それ以外の変更はない。ただし、排ガス試験モードの変更で、グリーン税制の前提となる低排出ガス認定基準の達成に影響が出そうだ(図)。

グリーン税制への対応が必須に
 低排出ガス認定基準は、NMHC(Non-Methane HC)およびNOx(窒素酸化物)の排出量が、規制値の50%減でU-LEV(★★★)、75%減でSU-LEV(★★★★)と認定するもの。2年単位で更新されるこの基準は、2006年度からSU-LEVかつ2010年燃費基準に対して+10%レベルもしくは+20%レベルの燃費を達成した場合のみ、自動車税の軽減、自動車取得税の特例措置(一定金額を控除)を受けられる。新車取得時に数万円の支出を削減できるケースもあり、販売面からもグリーン税制への適合は必須となっている。
 ここで影響するのが、2008年からJC08モードが導入されることだ。冷間始動(コールドスタート)時の排ガス試験が11モードから、このモードに移行する。従来に比べて暖機時間が短く、アクセルの操作も頻繁になるため、排ガスを悪化させる傾向にある。
 「JC08モードはエンジンを始動してからすぐに走り始めるので、触媒が温まっていない。何も改良しないと、低排出ガス認定の★が一つなくなる可能性がある」(三菱自動車の性能実験部長である飯田和正氏)。  例えば、SU-LEVだった車両がU-LEVになってしまうと、グリーン税制を受けられなくなってしまうので大問題だ。

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図●日本の排ガス・燃費規制の動向
ガソリン車では、排ガス試験モードが変更される。現在は冷間始動(コールドスタート)した11モードと暖機後(ホットスタート)の10・15モードの値を足しているが、2008年から11モードがJC08モードに、2011年には10・15モードもJC08モードへ移行。ディーゼル車では2009年のポスト新長期規制が控える。


【PART6】ディーゼル車の排ガス
ガソリン車並みの排ガスレベル狙う
DPFとNOx還元触媒の両方が必須に

以前に比べればかなりクリーンになった
ディーゼル車の排ガスだが、
2010年には、さらにガソリン車並みを目指す。
実際、日本が予定しているポスト新長期規制の排ガス基準値では、
ガソリン車より厳しい項目も。
世界的に強化される規制を達成するために、
2010年のディーゼル車には
DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)と
NOx(窒素酸化物)還元触媒の両方が必須になりそうだ。




 ディーゼル車の排ガス基準は、2010年に向けて、日米欧ともさらに強化される方向にある。国内では2009年に施工が予定されているポスト新長期規制において、車両総重量3.5t以上のディーゼル重量車ではこれまでの約1/3と非常に厳しいNOx、PM(粒子状物質)規制値が設定されている。(図)。  一方、ディーゼル乗用車の規制値も平成17年規制(新長期規制)に比べてNOxは約半分に、PMは約1/3になり、トラック・バスと並んで大きな技術改善が求められる。

米国2010年規制がもっとも厳しい
 2010年時点におけるディーゼル重量車の排ガス規制で最も厳しいとされるのが、米国の2010年規制である。この規制では、2010年モデル(2009年発売)に対して、NOxの排出量で0.27g/ kWh、PMの排出量で0.013g/kWhを要求している。PMについては日本のポスト新長期規制と同程度だが、NOxはさらにその1/3となる。
 日本では、小泉純一郎首相が「ディーゼル車の排ガス規制は世界最高水準にすべき」と発言したことを受けて、中央環境審議会が2008年ごろをめどに、米国の2010年規制よりもさらに厳しい挑戦目標値を決めることを検討している。
 こうした厳しい規制に対応するには、現行の新長期規制をクリアしたのと同じシステムでは難しく、後処理装置を追加する必要がありそうだ。まずは新長期規制への対応技術をみて、そこから次世代の技術に触れていく。
 ディーゼルエンジンには、燃焼温度が上がると未燃のPMが減ってNOxが多くなり、燃焼温度が低くなるとNOxは下がるもののPMが増えてしまうというトレードオフがある。これまでの規制対応ではこのトレードオフを克服するため、エンジン側でどちらかを下げ、後処理装置でもう片方を抑えるという方式を採ってきた。  例えば日野自動車といすゞ自動車は、EGR(排ガス再循環)によって燃焼温度を下げてエンジンから排出されるNOxを削減し、DPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)を装着することで、PMの排出を抑えてきた。一方、日産ディーゼル工業は逆に燃焼温度を高めてエンジン自体でPMを少なくし、その分上がったNOxを尿素SCR(選択還元触媒)で浄化している。三菱ふそうトラック・バスも尿素SCRの採用を表明している。

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図●ディーゼル重量車の排ガス規制
*1 米国2010年規制については、2002年8月に定められた暫定値。
*2 挑戦目標については、2008年ごろに技術的な検証を行った上で、必要に応じて、目標および目標達成時期が最終決定される。

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