「垂直は終わったのか? 俺の人生は何だったんだ…」

 東芝で垂直記録方式を用いたHDDを試作していた下村和人は,深いため息をついた。下村は2004年4月,研究開発部門から離れて製品の設計部に移った。以前の部署と同じフロアだったが,新しい仕事に追われる中で,その後の開発状況を確認する余裕はなかった。異動後の慌ただしさが一段落した2004年夏ごろ,下村は気付いた。東芝社内のどの書類からも「垂直」の文字が忽然(こつぜん)と消えているのだ。

「やっぱりダメだったのか」

 下村は試作の途上で出くわしたさまざまな課題に思いを巡らせた。中には,いまだに考えるだけでも気が重くなるものもある。きっと,あの壁を突き破ることができなかったに違いない。下村と同時期に設計部から研究開発部門に移った山本耕太郎の存在も気になった。実製品を見慣れた設計部の厳しい目で,垂直記録方式の実用化は難しいと断じたのではないか。下村は肩を落とした。