日経オートモーティブ 特集

ガソリンエンジンの燃費改善策としてクローズアップされるハイブリッド車。しかしハイブリッド車の新車に占める比率は2010年時点でも数%にとどまると見られている。今後しばらく、CO2削減はガソリンエンジンの燃費向上に負うところが大きい。ディーゼル車並みの燃費を目指し、可変化や直噴化が進む次世代のガソリンエンジンの姿が見えてきた。(林 達彦)

【Part1:CO2削減に挑むガソリン車】

30%の効率向上狙う
可変技術と直噴技術に焦点

【Part2:エンジンの可変技術】

連続可変バルブリフトが本格実用化
最小限のコストで10%燃費改善

【Part3:直噴エンジンの進化】

過給と組み合わせダウンサイジング
再び希薄燃焼への挑戦が始まる


【PART1】CO2削減に挑むガソリン車
30%の効率向上狙う
可変技術と直噴技術に焦点

燃費改善でディーゼルとハイブリッドの
陰に隠れがちだったガソリンエンジン。
しかし、ここに来て大幅な改善を実現する
技術の芽が見えてきた。
その一つは各メーカーが取り組んでいる
吸排気弁に代表される可変機構だ。
それに加えて、ジュネーブ・モーターショーでは
次世代の直噴エンジンが発表された。
今後登場する次世代エンジンの姿を探る。


 2006年2月に開幕したジュネーブショーではガソリンの次世代エンジンである「スプレーガイデッド直噴」が登場して注目を集めた。同エンジンは、希薄燃焼で運転することで、現在主流となっている理論空燃比で運転する直噴エンジンよりも高い燃費改善効果を得られるのが特徴。
 ジュネーブショーでこのエンジンを出展したのはDaimlerChrysler社とドイツBMW社の2社(図)。Daimler社はMercedes-Benzの「CLS350 CGI」に成層燃焼の希薄燃焼エンジンを搭載して車両とともに出展、2006年秋から欧州で販売することを明らかにした。従来のCLS350に比べて燃費は欧州混合モードで11km/L程度と、通常走行ならポート噴射の従来車より1.6km/L、15%以上改善できるとする。
 一方、BMW社はツインターボ過給した排気量3.0Lのエンジンを展示した。ただ、このエンジンはDaimlerChrysler社と違い三元触媒を使っており理論空燃比で運転するとみられる。同社も将来的には希薄燃焼を目指しているが、現在はその途中段階にあるようだ。

30%の効率アップが目標
 ガソリンエンジンの燃費改善が加速している背景には、今後の環境課題としてCO2(二酸化炭素)排出量の削減が一層重要になってくることがある。
 CO2排出量の削減は、燃費改善にほかならない。このためには排ガス規制のためにいったん下火になった希薄燃焼エンジンを再び登場させる必要があるというのが欧州メーカーのスタンスだ。欧州では新車販売におけるディーゼル車の比率が50%近くになっており、CO2排出量は減ってきている。
 ただ、世界の輸送業界全体では、軽油とガソリンともに同じ程度の需要があり、2015年においても個人所有の車の燃料は90%以上が軽油とガソリンが占めるとみられている。ハイブリッド車も普及していくものの、米CSM Worldwide社の予測によれば、2010年時点での生産台数に占める割合は1%程度とわずか。ガソリンエンジンそのものの効率改善は必須だ。

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図●スプレーガイデッド直噴エンジンが登場
2006年2月に開幕した第76回ジュネーブ・モーターショーにDaimlerChrysler社が出展した「CLS350 CGI」(上)とドイツBMW社の排気量3.0L直噴ツインターボエンジン。BMW社は搭載車種を明らかにしていないが、4月に開かれるニューヨークショーで発表する。


【PART2】エンジンの可変技術
連続可変バルブリフトが本格実用化
最小限のコストで10%燃費改善

ポート噴射でも燃費を改善できる手段が
連続可変できるバルブタイミング・リフト機構VVAだ。
ポンピング損失を減らすことで10%強の改善が見込める。
既に実用化しているBMW社に続き、
ここ1、2年で採用が加速しそうだ。
三菱自動車、ホンダが実用化を明言しており、
トヨタ、日産も取り組んでいる。
その他の可変技術では圧縮比可変、
電磁バルブの将来性を展望する。




 完成車メーカー各社はこれまでも燃費低減に着々と取り組んできた。この結果、日本で現在販売されている新車のほとんどはクリーンな排ガスを実現した上で、2010年における燃費基準をも上回るようになっている。既存の技術の集大成でどこまで燃費が改善できるのか、その最新例をまず見てみよう。
 グローバルで生産するポート噴射のエンジンながら、昨年ホンダが発売した新型「シビック」(図)のSOHC1.8Lエンジン「R18A」は5速AT(自動変速機)との組み合わせで10・15モード燃費17.0km/Lを達成した。同クラスのセダンでは16km/L程度が標準的である中、17.0km/Lは他メーカーの1.5Lクラスに迫る燃費といえる。

希薄燃焼エンジン並みの燃費
 かといって出力も犠牲にしていない。R18Aは2段階切り替え式の可変吸気システムの効果で最高出力103kW、最大トルク174N・mと他メーカーの同排気量エンジンより5kW程度出力が高い。
 高出力と燃費を両立できた大きな理由は、可変バルブタイミング・リフト機構の「VTEC」を利用して、低負荷域では圧縮比より膨張比を大きくしたアトキンソンサイクルで運転するからだ。アトキンソンサイクルを実現するために、低負荷域では通常のタイミングよりも吸気弁を長く開けておく。そうするといったんシリンダ内に入った混合気がピストンの上昇によって吸気ポートに押し戻される。
 低負荷域ではシリンダに導入する空気量を少なくするため、通常はスロットルを絞る。その結果シリンダ内の負圧が高まってポンピング損失が発生する。これに対し、吸気弁遅閉じとすると、導入空気量を多めにしても後で空気をポートに戻せるので、スロットルバルブを開き気味にでき、シリンダ内の負圧上昇を抑えられる。

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図●ホンダの「シビック」は6%燃費を改善した新エンジンを搭載
排気量1.8Lエンジン「R18A」(下)は、アトキンソンサイクルや摩擦損失低減によりエンジン単体燃費を希薄燃焼エンジン並みとした。


【PART3】直噴エンジンの進化
過給と組み合わせダウンサイジング
再び希薄燃焼への挑戦が始まる

VVAと並ぶもう一つの有望技術は直噴化だ。
最近のトレンドは理論空燃比で燃焼し、
ターボチャージャを装着すること。
大排気量エンジンからダウンサイジングできるので軽量化、
摩擦損失の低減が可能。
さらに、次世代直噴であるスプレーガイデッド直噴も
ドイツメーカー2社から登場した。
希薄燃焼でありながらNOx排出量が少ない
予混合圧縮着火(HCCI)エンジンの動向も探った。




 燃費改善の目玉技術として期待されていた希薄燃焼の直噴エンジンだが、排ガス面では苦しい立場に立っている。例えば、ホンダの「ストリーム」が搭載する2.0Lの「i-VTEC I」エンジンは、平成17年度規制の50%低減レベル(いわゆる三つ星)と現在主流の75%低減レベル(四つ星)には及ばない。
 これは希薄燃焼させると三元触媒が機能しなくなるため、代わりに搭載しているNOx吸蔵還元触媒の浄化効率が低いからだ。このため、最近の直噴エンジンの主流は理論空燃比で燃焼させるタイプに変わりつつある。

自然吸気でも3~4%燃費改善
 直噴エンジンは理論空燃比で燃焼させた場合でも、Part1の図4に示したように、圧縮比を上げられるので3~4%程度の燃費改善効果がある。また、トルクについても燃料を直接噴射することで、導入空気量を増やせるし、高回転域で燃料の噴霧によってシリンダ内温度が下がることで空気をより多く入れられるため、5%程度の向上が見込める。
 さらに最近登場した直噴エンジンでは、ポート噴射やターボチャージャと組み合わせることで直噴化の効果を最大限に引き出そうとしている。
 トヨタ自動車がレクサスブランドの「IS350」「GS350」に搭載した3.5L・V6の「2GR-FSE」エンジンは直噴+ポート噴射の二つの噴射方式を備えるのが最大の特徴だ。
 IS350およびGS350では出力を高めるために、高回転域で充てん効率を高められる直噴を採用した。吸気抵抗を下げるために、従来直噴エンジンで採用していた気流制御弁をなくして、新たに「縦Wスリット」と呼ぶ噴霧形態を採用した(図)。

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図●トヨタ「2GR-FSE」の噴霧
二つの噴口から噴霧し気筒内の混合気の均一性を高める。シリンダ上部から見るとスリット状に(左)、真横から見ると扇形に広がっている(右)。