日経ものづくり 特報

トヨタ生産方式が 定着しにくい理由

技術者最適と作業者最適のズレが崩壊を招く



生産革新の手法として,何度目かの脚光を浴びているトヨタ生産方式。 在庫削減や製造リードタイム短縮への期待から採り入れようとする企業が増える一方で, その難しさに導入をあきらめる企業も少なくない。 うまくいかない理由は,技術者と作業者が思い描く“最適”が異なること。 逆に,うまくいっている企業は,このズレを「擦り合わせ」で解消している。

 医用画像診断装置メーカーのGE横河メディカルシステム(本社東京都日野市)では,10年以上前からトヨタ生産方式(TPS)に学び,生産革新を進めてきた(図)。その同社に,毎月恒例の「巡研」と呼ばれる行事がある。役員や生産技術者が生産ラインを隅から隅まで観察し,少しでもムダを感じたらその場で指摘するというもの。「巡」は巡回,「研」は研究を意味している。どんなに忙しくても巡研は怠らない。「生産革新が順調だからといって目を離していると,あっという間に元の姿に戻る」(同社取締役で製造本部長の富田聖三氏)からだ。
 同社の生産革新の成果は,在庫や納期といった数字として表れている。それでも富田氏を生産ラインへと駆り立てるのは,前出の言葉に込められた危機感にほかならない。同氏の危機感からは,TPSを継続することの難しさがひしひしと伝わってくる。

とにかくやってみる
 GE横河メディカルシステムが重視しているのは,まずやってみるということ。全員がTPSを理解することには固執していない。「全員がTPSを深く理解していれば理想的だが,それは現実的ではないし,その必要も感じない」(同社製造本部部長でリーンスペシャリストの河内寿之氏)という。
 技術者,ラインの監督者,作業者に対してそれぞれの役割に応じた教育はする。しかし指示通りに動かないからといって,それを「理解不足」とはとらえない。指示に問題があると判断する。こうした判断は,同社の掲げる「60%主義」と密接な関係がある。
 生産革新を実現するのは優れたアイデアだ。「TPSは,アイデアを思い付いてから実践するまでが速い」(同社製造本部課長でリーンスペシャリストの佐藤和夫氏)。技術者は思い付いたら,すぐに実行に移す。  ただし,最初のアイデアが完璧であることはまれ。ほとんどの場合,結果を測定・観察し,作業者や監督者の意見を聞きながら,より良い形に修正していく。だからといって初めから完璧さにこだわっていては,いつまでたっても始まらない。このように,アイデアの完成度を徐々に高めていくやり方を,同社では「60%主義」と表現する。最初に思い付いたアイデアの完成度は60%程度だからだ。

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図●GE横河メディカルシステムの生産ライン
CT検査装置の主要機能モジュールである「ガントリ」を組み立てる。1.2m/hと低速で動くコンベヤ上に仕掛かり品を流すことで,タクトタイムを管理している。