本記事は、日本機械学会発行の『日本機械学会誌』、第118巻第1159号(2015年6月)に掲載された記事の抜粋(短縮版)です。日本機械学会誌の目次、購読申し込みなどに関してはこちらから(日本機械学会のホームページへのリンク)

[1]はじめに

 「アルミより軽く、鉄よりも強い」次世代素材として注目されてきた炭素繊維複合材料(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastic)が、航空機用途から産業用途への拡大とともに、着実に普及し始めている。炭素繊維市場の90%を占めるPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維は、東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンの日本3社が世界で圧倒的なシェアを占めており、東レは世界シェアNo.1の地位を維持している。

 最近では航空機用途で「炭素繊維1兆円受注―東レ、ボーイングから」などの記事が新聞紙面を賑わすようになっているが、東レが1971年に世界で初めてPAN系炭素繊維の商品化に成功して以来、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

[2]炭素繊維事業の立ち上げ

 1961年、北川日出次氏(中央研究所)が、日本カーボンとの共同で研究を開始したのが東レにおける炭素繊維開発の始まりである。この共同研究は1962年末に収束することになり、東レ内の炭素繊維研究は一時中断された。研究開発再開のきっかけは、森田健一氏(基礎研究所)が1967年に合成に成功したHEN(ヒドロキシエチルアクリロニトリル)の研究であった。

 森田氏は、HENがアクリル繊維“トレロン”の吸水性や制電性の改良に有効ではないかと考え、北川氏に評価を依頼した。北川氏は、その化学構造から炭素繊維の耐炎化促進効果をもつ可能性に気づき、アングラ研究(上司への報告を必要としない自由裁量研究)でその効果を確認し、すぐに特許を出願した。