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HOMEエレクトロニクス電子デバイスPC技術興亡史 > カセットテープからフロッピーディスク、そしてHDDへ

PC技術興亡史

カセットテープからフロッピーディスク、そしてHDDへ

HDD編 第1回

  • 大原 雄介=フリーランス テクニカルライター
  • 2015/04/30 00:00
  • 1/3ページ
 本記事は、日経WinPC2012年1月号に掲載した連載「PC技術興亡史」を再掲したものです。社名や肩書などは掲載時のものです。

 今回からテーマをHDDに移す。まずはHDD普及前夜の状況を説明したい。

 PC登場前に「マイコン」と呼ばれていた、MITSの「Altair 8800」やIMS Associatesの「IMSAI 8080」、NECの「TK-80」などには、そもそも外部記憶装置が標準で存在しなかった(図1)。筆者もIMSAI 8080は触ったことがあるが、スイッチを操作してプログラムを1バイトずつ延々と打ち込む必要があった。TK-80はスイッチがプッシュボタンなので少し楽だったが、1バイトずつ入力することに変わりはなかった。

図1 入出力は、基本的に右下のキーパッドと右上のLEDのみ。特に外部記憶装置と呼ぶべきものは存在しない。

 もちろんこの頃、外部記憶装置は既に各種存在していた。マークシート式のカードリーダーや紙テープは一般に使われていたし、大型コンピューター向けにはテープドライブやHDDもあった。

図2 1956年9月にIBMが発表したコンピューター システム「305 RAMAC」に組み込まれた。時期的にはマイクロプロセッサーが登場するはるか前のこ とだ。つまりTK-80などのワンボードマイコンが登場した時点で、HDDは既に実用化されていたのである。しかし、とてもマイコンに使えるような価格ではなかった。
[画像のクリックで拡大表示]

 世界最初のHDDは1956年に登場した「IBM 350」だ(図2)。カリフォルニア州マウンテンビュー市にあるComputer History Museumに展示されている。容量は5MB足らず、重量は1トンを超える代物である。

 当時のHDDは大型コンピューター向けの巨大な機器で、高価だった。紙テープやカードリーダーなどはまだ安かったが、やはり大型コンピューター向けだった。中古でも結構な価格で、サイズも大きかった。テープドライブも価格と大きさはHDDとあまり変わらなかった。外部記憶装置は存在していたが、マイコン用に使えるものは無かったのである。

 だからといって、毎回電源を入れるたびにプログラムを一から入力するのは耐え難い。そこで流行したのがカセットインターフェースである。データは0か1なので、これを可聴範囲の音に対応させてカセットテープに記録する。

 実際には0を1200Hz、1を2400Hzの音で表現し、8ビットデータに1スタートビット/2ストップビットを付与して合計11ビット単位で記録する形式が策定された。この規格は、1975年11月に米国のBYTE誌がカンザス州で開催した「BYTE's Audio Cassette Standards Symposium」で決まった。この地名を取って「KCS(Kansas City Standard)」と呼ばれている。

 KCSの周辺回路は最小限で済み、カセットテープとカセットデッキがあれば誰でも利用可能で、しかも記憶できる容量はカセットテープが尽きるまでだった。8ビットPCのメモリー空間は64KB。64KBのプログラムを記録するのに必要な時間が40分ほどだから、明らかにテープの容量よりもマイコンのメモリー容量の方が小さく、テープの容量が問題になることはまず無かった。

 KCSは、300bpsで記録する規格でスタートした。後に960bpsや1200bpsで記録する規格も生まれた。国内では、千葉憲昭氏が開発した「SCS(サッポロシティースタンダード)」という規格が一時期流行した。これは周波数ではなくエッジ間隔変調という方法で、1200bpsを可能にした。

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