本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第83巻、第3号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)

半導体への高効率電気的スピン注入は、スピントランジスタやスピンレーザーなどのスピン機能デバイスの基盤技術として不可欠である。本稿では、伝導電子のスピン偏極率が100%となるCo基ホイスラ合金を用いたGaAsへの高効率スピン注入に関する最近の研究成果について解説する。

1. まえがき

 近年、半導体中を伝導する電子のスピン状態を積極的に活用し、新たなスピン機能デバイスを創出する半導体スピントロニクスの研究が盛んに行われている。この半導体スピントロニクスの重要な基盤技術として、強磁性体/半導体接合を用いて強磁性体内のスピン偏極した電子を電気的に半導体に注入する「スピン注入」の研究が注目されている。高効率にスピン注入を行うには、スピン源となる強磁性体のスピン偏極率ができるだけ高いことが望ましく、そのため、ハーフメタル強磁性体と呼ばれる物質群に期待が集まっている。ハーフメタル強磁性体の電子構造は、図1に示すように、多数スピン電子のフェルミレベルが伝導帯中にあり、少数スピン電子のそれはバンドギャップ中に存在するため、伝導に寄与する電子のスピン偏極率は100%となる。なお、ハーフメタルという名称は、多数スピンバンドが金属的であり、片や、少数スピンバンドは絶縁体的、もしくは、半導体的であることに由来する(似たような名称で半金属(semi metal)と呼ばれる物質があるが、これとは全く異なるものである)。

図1 ハーフメタル強磁性体の状態密度のエネルギー依存性の模式図。ハーフメタルでは、いずれか一方のスピン方向について、フェルミレベルにおいてエネルギーギャップが存在する。このため、伝導に寄与する電子のスピン偏極率が100%となる。

 代表的なハーフメタル材料としては、Co基ホイスラ合金やマグネタイト(Fe3O4)、ペロブスカイト型Mn酸化物などが知られているが、中でも化学組成がCo2YZ(Yは遷移金属、Zは主族元素)で表されるCo基ホイスラ合金は、強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)や巨大磁気抵抗(Giant Magneto-Resistance:GMR)素子などの代表的なスピントロニクス素子への応用が盛んになされている。この理由として、Co基ホイスラ合金の強磁性転移温度が室温より十分高く(例えばCo2MnSiについては985K)、室温でも高いスピン偏極度を有すること、また、原子レベルで急峻で平坦な界面を有する高品質の単結晶へテロ構造が実現されていることが挙げられよう。

 櫻庭らは、Co2MnSi/AlOx/Co2MnSi MTJにて、低温で570%の比較的高いTMR比を観測し、ホイスラ合金のハーフメタル性を特徴付ける結果を初めて示した1)。筆者らのグループでは、ホイスラ合金とMgOバリヤを組み合わせたエピタキシャルMTJをいち早く提案し、その有用性を実証した。これまで、Co2YZ薄膜として、Co2Cr0.6Fe0.4Al、Co2MnGe、Co2MnSiの3種類と、MgOバリヤをそれぞれ組み合わせた単結晶エピタキシャルMTJにおいて、いずれも室温で100%を超えるTMR比を得た2~5)。中でも、Co2MnSi/MgO/Co2MnSi MTJにおいて、室温で354%、4.2Kで1995%の巨大なTMR比を実証した5)。また、GMRデバイスについても、Co2YZを電極とし、Agを中間層とする単結晶エピタキシャル構造が実現されている6)。この場合、ハーフメタル性に加えて、Co2MnSiの場合にはCo2MnSiとAgとのフェルミ面のマッチングが重要な役割を果たしていることが指摘されている7)

 さらに、MTJやGMRデバイスのみならず、最近では、半導体チャネルへのスピン源としてのホイスラ合金の有用性も示されつつある。本稿では、ホイスラ合金を用いた半導体への高効率スピン注入に関する最近の我々の取り組みについて紹介する。