病院を訪れる多くの患者は、体調や症状に不安を抱いて来院する。医師の診断あるいは検査結果にやきもきするし、どんな検査をするのか、その内容や目的にも大きな不安を持ち、心配の種は尽きない。特にCTやMRI、内視鏡検査など初めて経験する検査は患者にとって大いに不安だろう。石川県能美市の医療法人 社団 和楽仁 芳珠記念病院は、そうしたCTやMRIなど各種検査を受ける患者の不安を取り除くためにVOD(ビデオ・オン・デマンド:利用者が要求する映像をPCなどからいつでも見ることができるシステム)による検査説明システムを導入した。インターネットを介した医療機関向けポータルサイトで提供される検査説明システムとオーダリング・システムを同一端末で安全に利用できる仕組みを作り、看護師の説明と併用して検査に対する不安を和らげる効果を発揮している。


“患者の不安を安心に変える”ことが医療従事者の仕事

 和やかに楽しく、働きがいを持って患者に思い遣りと良いサービスを提供する――このモットーを医療法人名に戴く「和楽仁 芳珠記念病院」。理事長の仲井培雄氏は、患者の不安を安心に変えることがヘルスケアサービスの本質だと唱える。医療の質を高めること、そして経営の質を高めることによって、それは成し遂げられるという強い信念を持つ。そのために医療の現場にITを活用するとともに、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科の協力を得て、医療機関として初めてMOT(Management of Technology:ITなどを経営の視点・立場からマネージメントすること)を導入し、「病院のありたい姿、なりたい姿」の実現に向けた組織改革を推進している。

 VODによる検査説明システムを導入も、「患者の不安を安心に変える」ための施策の1つだ。病院を訪れる患者は、自分の健康に不安を持ち、診療に対して不安を抱えている。さまざまな検査に対しても、どのような検査をするのか不安がつきまとうものである。芳珠記念病院では従来、CTや消化管内視鏡、心臓カテーテルなどの検査を実施する際に、そうした不安を取り除くために一人の看護師が患者それぞれに検査内容を説明し、不安や心配を取り除くことに努めてきた。しかし、患者は1回の説明では理解しにくく、かといって何度も聞くことをためらうため、不安を解消するのは難しかった。また、患者の家族も本人同様に心配するため、その対応も必要になる。

システム導入で患者への対応時間の短縮にもつながっている
システム導入で患者への対応時間の短縮にもつながっている

 一方、看護師も患者の家族への説明を何度もしなければならず、業務の負担になることも多い。同病院ではCT、MRI、心臓カテーテル、内視鏡検査などの実施状況は、1週間に平均約400件、集中する月ではCTと上部内視鏡検査で1200件を超えることもある。そうした患者への検査内容や事前注意の説明を担当する「安心窓口センター」の看護師が患者ごとに対応しなければならず、他の業務へ影響もあった。

 そうした課題を解決する方法として同病院が取り入れたのが、オーダリング・システムと連携した、患者がいつでも何度でも不安が解消できるまで検査内容を知ることができるVODによる検査説明ビデオである。

 「患者さんや家族はビデオによる説明であれば、検査内容や検査前の注意事項などがイメージとして十分に伝わります。またオーダリング・システムと連携すれば、看護師はその患者さんが受ける検査をその場で検索することができ、必要に応じて患者さんに適切な説明を加えることができるので、患者さんが満足できる“安心を提供”できると考えました」。仲井氏は導入の目的をこう述べる。

オーダリング・システムと連携した検査説明ビデオシステム

 検査説明ビデオとして同病院では、医療機関向けVOD配信をはじめ、インターネットやメールなど患者アメニティサービスを提供するヴァイタス社のポータルサービス「ME & i」の検査説明ビデオコンテンツを利用している。同社のデータセンターと医療機関はインターネット回線で接続され、メニュー画面で検査を選ぶと所要時間約7分のコンテンツがストリーミングで配信される。現在、提供されている検査説明コンテンツは、CT、MRI、血管造影、マンモグラフィー、内視鏡(上部および大腸)の6種類。

図1●芳珠記念病院のシステム概念図
図1●芳珠記念病院のシステム概念図

 導入した検査説明ビデオシステムの特徴は、オーダリング・システムと連携させたことだ。単に患者が自分でコンテンツを見るだけでなく、必要に応じて看護師がその患者に即した詳細な説明を加えることができるようにしたことである。そのためには、説明担当の看護師はその患者の受けるべき検査内容を知らなければ対応できない。そこで、オーダリング・システムにアクセスして検査オーダを確認することになるが、それを患者の目の前で同じ端末からできるようにした。ここで問題になるのが、インターネットにつながった端末でオーダリング・システムにアクセスすることのセキュリティ上の不安である。

 一般的にはオーダリングや電子カルテシステムの院内ネットワークとインターネットなど外部につながるネットワークおよび端末は完全に分離する。しかし、2種類のネットワークと端末を導入することになれば、導入・運用コストは必然的に倍以上になってしまう。

 そこで同病院では、同じ端末で院内ネットワークのオーダリング・システムと連携しながらセキュリティを確保するために、インテルのvProテクノロジーと呼ばれる技術を搭載したPCによる仮想化技術を利用して、同一端末で独立した機能を使い分けられるようにした。仮想化技術を実装したプロセッサと仮想化ソフトウエアによって、1台のPCで2つのユーザー環境を構築することで、オーダリング・システムとポータルサイトの利用を完全に独立して利用できるようにしたものだ。

 オーダリング・システムへ接続するためには、看護師がFeliCA(非接触ICカード技術)対応の「Edy」カードを利用してログオン認証を行い、患者の検査オーダを確認して、説明ビデオで不足している点を補足している。オーダリング・システムとインターネットの両方に接続できる端末は、患者の相談窓口を一本化した「安心窓口センター」に4台設置した。

 また、さらに外来化学療法センターなどには治療中に各種ビデオコンテンツやインターネットが利用できるアメニティ用端末も設置。これらの端末はオーダリング・システムとの連携は必要ないため、Edyカードはアメニティ向けコンテンツを利用する際の利用料金の電子決済するための手段として利用している。

患者・患者予備軍の自己学習用への活用にも期待

 VODによる検査説明を利用することにより、映像による検査イメージが患者に十分に伝えられ安心できるとともに、患者の質問に対してその都度看護師が答えることもでき、満足度向上に寄与している。「従来は看護師が口頭やパンフレットを使って説明していましたが、検査のイメージがなかなか伝わらず、また説明する看護師が変わるとニュアンスが変わって伝わってしまうことがありました。しかし、説明ビデオなら統一した説明ができ、映像と口頭の説明により、患者さんの不安を取り除くことができるようになるとともに、患者さん対応時間の短縮にも役立っています」(担当看護師)という。あわせて、複数の患者に、いつでも一人の看護師で対応できるようになり、看護師の業務効率の向上や労務環境の向上にもつながっている。

 ただ、コンテンツに生々しい映像もあるため、かえって不安を抱く患者もいたり、コンテンツの説明の長さが支障になり、「利用率は思ったほどでない」(仲井氏)という。今後、コンテンツの見直しあるいは外来の診療待ちを利用した環境にすることによって利用率の向上を図っていく。

 同病院では、このVODシステムをメタボリック症候群や生活習慣病などの療養指導に利用していくという。「現在、糖尿病教室による集団指導と患者一人ひとりに合わせた個別の療養指導を行っていますが、集団指導でVODによるコンテンツを提供できれば、患者さんの自己学習に役立てられます。新たに立ち上げる生活習慣病センターでも診察待ち時間に患者さんが自己学習する場を、また検診センターでのコンテンツによる情報提供できればいいと考えています」(仲井氏)と展望する。(増田 克善=ライター)