日経テクノロジーオンライン

第5回:救世主は1000人分の“おしっこ”(上)

2013/09/17 00:00
根津 禎=日経エレクトロニクス
出典:ドキュメンタリー2012年2月20日号pp.76-79 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

<前回のあらすじ>
 2006年に発案され、研究開発が始まったトイレッツ。だが2008年から2009年末まで、研究開発はいったん凍結されてしまう。この状況を変えたのが、町田裕孝を中心とする新メンバーたちだった。トイレッツの開発は再開され、広告効果を測る試験を実施する。その結果、効果があることが実証され、ついに2011年2月、トイレッツの製品化が正式に決まった。

 開発メンバーは焦っていた。トイレッツの発売時期の目標は2011年11月。製品化の決定からわずか9カ月ほどの時間しかなかった。その間にトイレッツの製造コストを下げ、尿の検知精度を高め、ゲームも完成させる。製品化が決まったとはいえ、祝賀会を開くどころの状況ではなかった。

 トイレッツの目標販売価格は15万円程度に設定された。まず、小便器の価格が30万円ほどなので、それを下回る必要があった。さらに、トイレッツがゲーム機として1年間で回収できる金額を考慮した。以前、居酒屋で実証試験を行ったところ、トイレッツの有料(10円)ゲームの売り上げは1日平均580円。単純計算で1年間に20万円程度になり、元を取れる。

 15万円という販売価格を実現するため、ハードウエア開発チームは地道なコスト削減に取り組んだ。例えば、トイレッツの筐体を樹脂の射出成型品とした。金型コストは掛かるものの、数量が出れば製造コストが下がる。ところがこの金型で、とある“事件”が起きる。

土壇場の変更

「もしもし。えっ、今さら図面を変えたい? 本当ですかっ?」
 2011年夏。ハードウエアの開発メンバーである藤川佳亮は、一瞬耳を疑った。いったん決まった金型の仕様を変えるというのだ。今日は、金型製造の最終チェックを行うため、製造を依頼した日本企業の担当者と工場のある韓国へ出張する日である。しかも、図面変更の電話を受け取った場所は空港の搭乗口だった。

 これから図面を持って金型製造の最終的な依頼をするというのに、このタイミングで図面を変更しろというのか。土壇場での変更に藤川は戸惑ったが、日本企業の担当者に頼み込んで、何とかその場で図面を変更した。

 変更は間に合ったが、図面を変えたことで金型コストが大幅に上昇してしまう恐れがあった。開発スケジュールの後半に差し掛かったタイミングでの、大幅なコスト増は痛い。
 しかし、これは杞憂に終わった。コスト増を予想よりも抑制できたのだ。金型の製造を依頼した日本企業がトイレッツを気に入っており、コスト面である程度融通してくれたのだった。

トイレッツのハードウエア開発メンバー。セガ プロダクト研究開発部 機構設計セクションの東口元彦氏(1)と同セクション 藤川佳亮氏(2)、同部 システムセクション 後藤智之氏(3)、同セクション 柏原崇生氏(4)。(写真:加藤 康)

強化アクリル樹脂を採用

 コスト削減のメスは筐体だけでなく、さまざまな部分に入った。例えば、尿の勢いなどを検知するマイクロ波センサも変更した。当初は、ゴルフ・スイングの速度の測定に使われるマイクロ波センサを流用していた。精度は高いものの、大型で高価という課題があった。トイレッツにはやや“オーバースペック”だった。そこで、小型でかつ安価なマイクロ波センサに置き換えた。

 コスト削減にまい進する一方で、コスト増を招いてでも採用したものがある。ディスプレイ部の筐体材料に用いる強化アクリル樹脂だった。一般的なアクリル樹脂と比べて高価なものの、強固で防水性や耐熱性にも優れる。酔っ払った人がディスプレイを殴ったり、たばこの火を押し付けたりすることを想定しての対策だ。

 「コスト削減のために、強化アクリル樹脂の採用を断念する“誘惑”に駆られたこともある」。ハードウエア開発メンバーの東口元彦はそう振り返る。しかし、トイレッツを導入する店やユーザーのことを考慮して採用に踏み切った。=敬称略