イノベーションには哲学が重要であることは前回紹介した。ホンダの哲学は「3つの喜び」と「人間尊重」に集約される。3つの喜びとは、1951年12月におやじ(本田宗一郎氏のこと)が社内報で我が社のモットーとして掲げたもので、「作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」こと。おやじはその中で「私は全力を傾けて、この実現に努力している」と書いている。

お客様に喜んでもらう

 3つの喜びは、技術者、販売店・代理店、購入者の喜びを同時に実現することを目指したものだ(図)。中でもおやじは、「買って喜ぶ」を最も重要と考えていた。「製品の価値を最もよく知り、最後の審判を与えるものはメーカーでもなければディーラーでもない。日常、製品を使用する購入者その人である。『ああ、この品を買ってよかった』という喜びこそ、製品の価値の上に置かれた栄冠である」と宣言している。

図●本田宗一郎氏が掲げた3つの喜び
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 これは、技術者の独り善がりに対する戒めにもなっている。「買って喜ぶ」を真剣に考えれば、技術者がイノベーションで実現すべきは顧客に喜んでもらうための価値という考えが自然と出てくる。だから、論文を書くための研究や、技術者の好奇心を満たすための技術開発は見向きもされない。そして、最後の審判はユーザーがするので、例えばユーザーに違和感がある場合は、製品や技術に問題があると考えるのである。