Nd-Cu合金で粒界を改善

 一方、(2)のNdリッチ相の改善は、主相の結晶粒の中で新たな磁区が発生する頻度を低減するための取り組みである。先に、主相の界面に欠陥があったり、主相同士がNdリッチ相を挟まずにくっついたりする部分は減磁しやすいと説明した。それは、これらの部分で新たな磁区が発生しやすいためだ。これを防ぐために、粒界拡散法では粒界にDyやTbを選択的に導入するが、宝野氏らはNdリッチ相でしっかりと主相の結晶粒を包み込もうとしている。

 もっとも、同氏らがNdリッチ相の改善で狙うのはそれだけではない。実は、Ndリッチ相には結晶粒同士の磁気的な結合を切るという働きもある。適切な熱処理を施した場合、Ndリッチ相は磁性体の結晶ではなく非磁性体のアモルファスとなる*4。このため、主相をNdリッチ相でしっかりと包み込めれば結晶粒同士の磁気的な結合を切ることが可能になり、ある結晶粒で生じた磁場の反転が隣接する結晶粒へ伝播していくのを防げるのである。

 宝野氏らがNdリッチ相の改善に適用したのが粒界拡散法である。ただ、粒界拡散法とはいっても、拡散させるのはDyやTbではなくNdである。しかも、磁石の焼結後に施すのではなく、磁粉を作製する最終段階で適用する点が前述の磁石メーカーのやり方と異なる。

 具体的には、HDDRプロセスで作製した磁粉(Nd-Fe-B系合金)とネオジム・銅(Nd-Cu)合金の粉末を混ぜて加熱する。Nd-Cu合金を選んだのは、融点が520℃と低いためだ。焼結温度を高くすると結晶粒が成長してしまうため、結晶粒を微細に維持できなくなる。従って、焼結温度を低く抑えなければならず、低融点のNd合金が望ましかった。

 Nd-Cuなら焼結温度を600℃ほどに抑えても液体となり、Ndが粒界に沿って拡散していく〔図6(b)〕。しかも、宝野氏らの研究で、Ndリッチ相にCuが混じることで保磁力が高まることも判明している。Nd-Cu合金を使うと、そのCuの供給源にもなる。

 宝野氏らは現在、開発した保磁力の高い磁粉を使って焼結磁石を製造する技術の研究開発を進めている。基本的には、磁場をかけて磁粉を配向させながらプレスする。次に、この圧粉体をスパークプラズマ焼結法という方法で約600℃で低温焼結しながらホットプレスをして、磁化の異方性を高める、といったプロセスを取る*5

*1 この研究開発は、文部科学省の元素戦略プロジェクト「低希土類元素組成高性能異方性ナノコンポジット磁石の開発」の一環で実施されている。
*2 現状市販されている通常のNd-Fe-B系焼結磁石の保磁力は、DyやTbなしでは796kA/m(約10kOe)程度。それを2倍に高められるのがこの技術だ。ただし、HEV/EVの走行用モータでは、1990k~2388kA/m(25k~30kOe)程度の保磁力が求められるため、用途によってはDyやTbの添加が必要になる。
*3 磁区 原子の磁気モーメントがそろった小さな領域のこと。1つの結晶粒は、1つの磁区(単磁区状態)、もしくは複数の磁区(多磁区状態)から成る。磁区と磁区間にある壁を磁壁と呼び、磁壁が界面へと移動することで同磁壁よりも界面側にあった磁区が消滅する。逆に、界面の欠陥部分などから磁区の核が発生すると、新たな磁区がそこから生成される。
*4 熱処理が不適切だとNdリッチ相が結晶となり、非磁性相にはならない。
*5 課題の1つは、最大エネルギ積の向上である。そのためには磁粉の配向度を高めることが必要だという。現在目標にしているのは、HEV/EVの走行用モータに使えるもの。保磁力が約1990kA/m(25kOe)、最大エネルギ積が約279kJ/m3(35MGOe)のNd-Fe-B系焼結磁石だ。