出会いが生んだイノベーション

 「私は特殊だからね」。九州大学 大学院システム情報科学研究院の研究院長を務める都甲潔(58)は、こう言って笑う。もともとは哲学者になろうと考えていた。「人間とは何か」に興味が あったからだ。だが、気付けば工学系の研究者。「味を測る」という概念を提唱し、味覚センサを使った味覚認識装置を実用化した。今では、食品メーカーなど が、都甲の技術を利用している。

 味覚センサの実用化では、一人の企業研究者との出会いが転機となった。1980年代後半。当時、計測器大手のアンリツで入社2年目の研究者だった池崎秀 和(52)が、研究内容を聞き付けて都甲の研究室を訪問した。それをキッカケに20数年の間、二人三脚での開発が続いている。「新人同様の若手でも自由に 研究テーマを選べる時代だった」と池崎は振り返る。

 途中、試作機が完成して実用化間近だった研究は、会社の方針でやめる方向に。それを受けて池崎は、味覚センサ技術を事業化するインテリジェントセンサーテクノロジーを2002年1月に創業した。

 「産学連携の共同研究は、大学が2倍頑張り、企業側も2倍頑張れば、1足す1が10になる」と都甲は言う。「味覚という分野は、舌の上の化学反応から食 文化まで大きな広がりがある。その世界観を築く面白さが、専門分野のたこつぼに入ることなく実用化に結び付いた理由の一つだ」とも。「味の物差しを作る」 という、前人未到の二人の挑戦は今後も続く。

市場の変化が転機に

 4年前にドイツの街角で見掛けた、パソコン向けの3次元(3D)グラフィックス・ボード。それが、長崎大学 准教授の浜田剛(36)の転機になった。

 開発した並列計算機「DEGIMA」が2010年の国際学会で「ゴードン・ベル賞」を受賞した。高性能なスーパーコンピュータ(スパコン)を安価に実現 したことをたたえる価格性能部門で、2年連続の受賞である。DEGIMAの心臓部は、米NVIDIA社のグラフィクス処理用LSI(GPU)。576チッ プ(4チップ×144ノード)を並列処理する技術を開発し、190TFLOPSの処理性能を実現した。開発費用は約5000万円だ。

 実は、ドイツで見掛けたボードには、NVIDIA社のGPUが搭載されていた。製品発表を聞いて「アーキテクチャが画期的」と思ったGPUの中古品が、 発売されたばかりというのに片田舎のパソコン販売店で投売りされている状況に衝撃を受けた。学生時代からFPGAを使って科学技術計算用の高速処理ボード を開発していたが、それを軽々と超えてしまう大量生産経済のダイナミズムに圧倒された。帰国後、すぐにGPUを使った並列計算の研究に挑んだ。長崎大学で 助教の職を得て、今回の受賞につなげた。

 最近、新興国を中心に海外の研究者がDEGIMAに興味を持ってくれている。自前でスパコンを持てない国で価格対性能比の高さが役立つことに、喜びを感じる日々だ。