国内での開発・治験を決意

 同じ時期に補助人工心臓の開発を進めていたテルモも、部材調達の壁に直面していた。このため同社は2000年に、より現実的な手段として、開発拠点を米国に移した。医療機器に対する部材メーカーの考え方が日本ほど消極的ではなく、より部材調達をしやすい環境にあったからだ。

開発品の推移
開発の過程で、血液ポンプやコントローラは何度も改良を重ねた。

 サンメディカル技術研究所も、実は開発拠点を米国に移すことを考えていた。1997年ごろに米国のFDA(食品医薬局)とコンタクトを開始し、米国で治験を進めるための準備をしていたのである。しかし半面では、国内開発を貫きたいという思いも強かった。「日本人が考案し、日本で始めたのだから、このまま日本で実用化したかった」(同社の牛山氏)。さらに、1997年に現・科学技術振興機構(JST)から10億円の開発委託金を受けたことで、「国の税金による支援を得ている以上、国内に還元していくべきだと考えた」(同氏)という。

 先進医療機器が海外に遅れて実用化される「デバイスラグ」の問題に頭を悩ませていた国内の医療現場や学会の関係者も、サンメディカル技術研究所に国内で治験を実施するように強く働き掛けた。こうした背景の下、サンメディカル技術研究所は国内で開発を続け、国内で治験を実施する道を選んだ。

10年で仕様は確立

 部材調達については、2000年ごろを境に風向きが大きく変わったという。「2000年代に入って、新たな分野を開拓したいという部材メーカーの機運が高まってきた。1990年代の状況のままであれば我々は実用化まで到達できなかったかもしれないが、ようやく協力企業が出始めた」(サンメディカル技術研究所の牛山氏)。

 同時にその頃、補助人工心臓の設計仕様が固まりつつあった。血液ポンプもコントローラも試作を重ね、最終形に近づいていた。アイデアの考案から約10年、部材調達の苦労はあったものの、ここまでは「非常に楽しく、短い時間だった」(サンメディカル技術研究所の山崎俊一氏)。特に大きかったのが、医師である健二氏と、精密加工技術を有するミスズ工業の存在が身近にあったことである。医療ニーズと技術シーズ、そして両者をアレンジするサンメディカル技術研究所が手を携えながら、開発のスピードを速めていった。

「クールシールシステム」を採用
クールシールシステムは、血液ポンプとコントローラに水を循環させる方式である。(図:サンメディカル技術研究所の資料を基に本誌が作成)

 血液ポンプ開発の最大の課題だった、血栓や血液損傷を生じさせない技術についても、開発のメドが付いた。サンメディカル技術研究所の補助人工心臓は、モータと軸で直結した羽根車の回転によって血液を送り出す方式を採る。この方式では、回転軸の周囲に血液が入り込み、血液が固まって血栓になったり、羽根車の回転障害を引き起こしてしまったりする懸念があった。「当時の技術では、血液シール(血液が入り込まないようにすること)は不可能とされていたが、血栓や血液損傷が生じるメカニズムを丹念に解析していくことで、その解決方法を考案できた」(同社の牛山氏)という。それが、EVAHEARTの特徴である「クールシールシステム」だ。すなわち、回転軸のシール部に一定方向に純水を循環させることで、回転軸周囲に血液などの異物を滞留させないようにする機構である。同機構の確立によって、実用化に向けた設計仕様は一気に固まった。