掃除機は日常使うものでありぜいたく品ではない。だからといって妥協して適当なものを作ってよいという理由にはならない。妥協なく目指すものを追求し、その結果コストが上がったとしても、それに見合う価値を提供していれば、顧客は価値を認めて購入してくれる。価値を伝えるのはテクノロジーやデザインが一体となった製品そのものであり、営業やマーケティング担当者の言葉に頼るべきではない。

 「企業にブランド力がなければ商品に高い値段を付けられない」というのも大きな間違いだ。顧客が最も重視するのは製品である。製品が素晴らしければ高くても買ってもらえる。企業ブランドは後からついてくるものだ。これをまさに証明したのがダイソンである。創立十年あまりのベンチャーで、しかも工業製品においてブランド力のない英国を本社とする企業が、ここまでのシェアと認知度を得るに至ったのだから。

シックスシグマを導入

 創業当初は英国の本社近くに工場を構えていたが、生産台数が急増した現在はマレーシアに巨大な新工場を建設し、生産を移管した。テスト専用ビルも確保し、150人の社員が250のテスト工程を繰り返して、欠陥を撲滅すべく取り組んでいる。

 英国に工場があった時代には、毎月一回工場で現場集会を開き、私と社員が直接対話する場としていた。ここでは社員からの意見を聞く一方で、ダイソンの経営哲学を再確認することに時間を費やした。時間あたりの効率を上げるためにフルスピードで組立作業を急ぐことには意味がない。細心の注意を払って、徹底的に丁寧に組み立ててほしいと伝えた。当時のダイソンの組み立てラインはほとんど機械化されておらず、いわゆるセル生産方式で一つ一つを手作業で丁寧に仕上げていた。現在ではより効率を上げるため、以前よりは機械化が進んでいるが、英国時代に徹底した生産のポリシーは踏襲されている。

 規模が大きくなった生産工程をスムーズにミスなく運用するため、米モトローラからシックスシグマのノウハウを導入した。ただセオリーを導入するだけでなく、英国時代に培ったダイソン流のノウハウを盛り込んでアレンジしている。私が工場を訪れる機会は以前と比べ減っているが、今でも生産ラインを一目見ると組み立て作業が順調に運用されているかどうか、何か問題はないかどうかを掌握することができる。