だが,どうしても導入したい石塚は,技術的に可能だとして,胃に穴が開くような思いで実現して見せた。裏録の検証に多大な時間を割き,念入りに動作検証も行った。品質保証の調査部隊を総動員して,PS3対応ゲーム・ソフトをしらみつぶしに調べ,裏録の検証と修正を施し,マスターアップにまでこぎつけたのである。

 それにもかかわらず,動作不良が生じたのは,その大作ゲームの量産版(マスター)の納入が,アプリのマスターアップ後だったのである。今更ソフトウエアを書き換えることはできない。石塚たちはそのゲーム・メーカーに頼み込み,ゲーム側を修正することで,torneの裏録になんとか対応してもらった。

 こうしたトラブルを乗り越え,2010年3月18日,いよいよtorneは発売の日を迎える。

開店前の大行列

「渋谷さん,すごいことになってますよ!」

 渋谷が電話を取ると,興奮した石塚と西沢の声が聞こえてくる。

「店の前に100人以上が行列しています!」

 石塚たちが様子を見に行った家電量販店には,開店前に人々が長い列をなしていた。初めは,同じ日に発売される人気ゲームを求める人かと思った。だがそれは,紛れもなくtorneを買いに来た人々だった。

 しかしこの喜びもつかの間,その日の夕方に,特定のケーブルテレビで番組を視聴できないという動作不良が見つかる。早速,その改善に取り組む石塚たち。そしてわずか5日後には,修正版のアップデートをネットワーク経由で開始した。

 最後の最後までトラブル続きだったtorneだが,ユーザーからは大きな支持を得た。ゲーム市場の調査などを手掛けるメディアクリエイトによれば,2010年7月30日までの販売台数は約45万台。PS3用周辺機器として,異例のヒットである。torneはユーザーだけではなく,レコーダーやテレビなど家電の技術者や,電子機器のUI設計者などからも高い評価を得た。

 torneが証明して見せたのは,ゲームでは当たり前の快適で楽しい操作が,AV機器といった家電の分野でも十分な商品価値になるということである。「ゲーム以外の分野で,『ゲームの力』を分かってもらえた。それがtorneで得られた大きな成果」。西沢はこう開発を振り返る。

 torneの登場は,今後,家電開発の流れを変えるきっかけになる可能性がある。

「torneのような快適で楽しい家電を作ろう!」

 そう遠くない将来,こうした声が家電開発の現場のあちこちから聞こえてくる日が来るかもしれない。

=敬称略

─終わり─