そこで,ヘルプ機能の表示方法や,メニューの表示方法,操作方法などに工夫を凝らすことにした。例えばヘルプ機能では,ユーザーが操作に迷わないように操作方法などを説明する「ヘルプ・ライン」や,コントローラの各ボタンに割り当てられた機能,いわゆる「キー・アサイン」に関する説明を常に画面下側に表示するようにした。
加えて,ユーザーが操作中に違和感を覚えないように,操作に対する反応速度を調整した。例えば,番組表のカーソルの操作や,ボタンをある一定時間押し続けると連続動作する,いわゆる「キー・リピート」の開始のタイミングなどである。これらを適切な速度に調整しないと,ユーザーの思考の流れが遮断されてしまう。
こうした調整のために,西沢がじかに操作し,その意見を石塚たちが反映していく。開発にかけられる時間が短いので,西沢が操作している横で石塚がすぐさまプログラムを修正する,といったことも度々あった。
このような,地味で細かい調整作業を経て,torneのGUIはより使いやすく,快適なものへと昇華していった。そして2009年11月,ついにtorneのUIやアプリなどの「原型」が完成する。
だがtorneは,ソフトウエアだけでは動かない。外付けチューナーがあって,初めて機能する。西沢や石塚たちによるUIやアプリの開発が進む裏では,ハードウエア担当チームもまた,チューナーの開発に苦闘していた。
2.5Wのカベ
「参ったな,いいチップが全然ないよ」
2009年4月。小田桐一哉はWebサイトを見ながら,ため息をついた。上司の宮崎良雄らとともにtorne専用の外付けチューナーの開発を請け負ったものの,すぐさま壁にぶつかったのだ。
小田桐たちの頭を悩ませていたのは,地デジ放送のMPEG-2 TSのデータをH.264へと変換するトランスコーダLSIの選別だった。PS3の限られたHDDの容量を有効に使うには,トランスコードによるデータ圧縮が欠かせない。だが,目標とする消費電力と納期を両立させることが,なかなかできない。
チューナーはUSBで供給できる電力,つまり2.5W(5V,500mA)以下で駆動させなくてはならない。ところが,当時手に入る,あるいは所望する納期までに入手可能なトランスコーダLSIでは,チューナー全体の消費電力が2.5Wを超えてしまう。