図1 SIM-Drive(シムドライブ)の先行開発車の発表会
慶応義塾大学教授の清水浩氏(左から4番目)を社長として、ベネッセコーポレーション、丸紅、ナノオプトニクス・エナジーなどが株主として参画する。
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 電気自動車(EV)を標準化しようという動きが相次いでいる。EV開発ベンチャーのSIM-Drive(シムドライブ)が立ち上げたEVの共同開発事 業、民生用のLiイオン2次電池をEVに応用し始めたパナソニック、そしてEVの充電規格を国際的に標準化することを狙うCHAdeMO協議会の発足の三 つである(図1)。いずれも、企業、国境の枠を越えてEVの要素技術を標準化することを狙った動きだ。

 現在、EVの開発は企業ごとに進められており、要素技術も各社がそれぞれに工夫をこらす。標準化の動きは、ごく一部での動きに過ぎない。それでもこれら の動きが注目されるのは、長らく続いてきた自動車産業の「垂直統合型」の構造を突き崩し、電機・電子機器業界に見られるような「オープン化・水平分業化」 が進むきっかけになる可能性があるからだ。

標準化が産業構造を変える 

 「標準化」がどうして産業構造を大きく変えるのか。それは部品やプラットフォームの標準化によって生産量が増え、製品のコストを大きく引き下げることが 可能になるからだ。独自のプラットフォームや部品を使う製品はコスト競争力で対抗できなくなり、駆逐されてしまうのである。その典型的な例がパソコンだ。

 かつてパソコンは、それぞれのメーカーが異なるOS(オペレーティングシステム)や、独自の半導体を使う、互換性のない「垂直統合型」の製品だった。そ れが今では、米Microsoft社のOS、米Intel社のマイクロプロセッサといった標準の部品をどのパソコンメーカーも使う典型的な「オープンな水 平分業型」の製品になっている。独自路線を貫いてきた米Apple社が同社のパソコン「iMac」や「iBook」にIntel社のマイクロプロセッサを 搭載するようになったのは、こうした動きに抗うのがいかに難しいかを示しているといえるだろう。 

 現在、こうしたオープン化の流れに飲み込まれつつあるのが携帯電話機だ。米Google社が供給する無償OS「Android」を搭載した携帯電話機が日本市場でも浸透し始め、これまで垂直統合型だった日本の携帯電話の産業構造に、風穴が開き始めたのである。 

 まさに、これと似た状況をEVの世界で起こそうとしているのがシムドライブである。同社の事業モデルについてはPart2で詳述するが、一口にいえば、 シムドライブが提供するEVの基本技術を基に、複数の企業で資金を出し合って、量産可能なEVを開発するというもの。開発したEVの設計図は資金を出した 企業に公開される。また、電池モジュールや駆動モータも、標準仕様を定める予定だ。

図2 日本メーカーが世界で発売する電気自動車
(a)日産自動車「リーフ」、(b)三菱自動車「i-MiEV」。i-MiEVは個人向け発売の開始に当たり、61万9000円値下げした。
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 慶應義塾大学教授でシムドライブ社長の清水浩氏はこのビジネスモデルについて「EVのオープンソース」と表現する。世界のエンジニアが共同でソフトウエ アを改良し、その成果を無償で公開する本来のオープンソースソフトウエアとやや意味合いは異なるものの、従来、自動車産業の世界では見られなかったオープ ンな形式で車両を開発する試みであることは間違いない。 

 もちろん、この試みがうまくいくかどうかは未知数だ。「クルマは人の命を乗せて走る商品。自動車の量産の経験がない企業に、クルマが作れるはずがない」 という冷ややかな反応は少なくない。加えて、自動車メーカーが標準化に熱心でない背景には、すでに各社とも独自に低コスト化を進めていることがある。一部 では、価格競争すら始まっているのだ。

図3 世界の自動車メーカーと電池メーカーの関係
電池メーカーは、自動車メーカー(大手部品メーカー)と合弁会社を作る方針のメーカーと、提供関係を結んで電池を供給するメーカーがある。
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 例えば三菱自動車は、個人向けに販売するi-MiEVの価格を、従来の法人向けよりも61万9000円値下げして、実質284万円(政府補助込み)にす ると3月30日に発表した(図2)。日産自動車が2010年末に発売する「リーフ」の価格を実質299万円(政府補助込み)に設定すると発表したことが背 景にある。軽乗用車のi-MiEVがリーフより高いのでは競争力が失われるという危機感から、当初の想定より低い値付けをしたといわれている。 

 EVを低コスト化するための対策の柱は量産規模の拡大である。三菱自動車はi-MiEVの生産規模を2009年度の1400台から2010年度は 9000台に増やす。加えて2010年末からは、フランスPSAグループにもi-MiEVの車両を供給する。三菱自動車は2012年ごろに小型車クラスの 世界戦略車「グローバルスモール」を商品化する予定だが、これにもEV仕様車を設定する予定だ。

 一方の日産自動車も、フランスRenault社などとLiイオン2次電池のセルを共有することで量産効果を高めようとしている(図3)。2012年に は、年産50万台分の電池セルを生産する設備が世界に整う。さらに、最近ではドイツDaimler社との業務提携も発表、リーフの主要なEVコンポーネン トをDaimler社に供給することも検討しているようだ。つまり、自社の量産規模を拡大するのと並行して、技術の提供先を拡大する戦略だ。 

 しかしこうした動きについて、シムドライブの清水氏は「メーカーごとの独自仕様では、EVのメリットを十分に引き出せず、量産規模は限られる」と指摘する。