「液晶パネル・メーカーの真の実力が浮き彫りになる用途だ」――。医療向け液晶パネルの分野でトップ・シェアを握るインターナショナル ディスプレイ テクノロジー(IDTech)のメディカルプロダクツ事業部 事業部長の林口文衛氏は,民生機器向けとの違いをこう指摘する。

 X線画像の表示などに利用する医療向け液晶パネルに必須な要件の1つが,微妙な陰影を表現できる高いコントラスト比である。そこで通常は,コントラスト比を下げる要因となるカラー・フィルタを取り外し,モノクロ表示にする注1)。すると「カラー・フィルタを付けていると分からない表示ムラも,はっきりと見えてしまう」(NEC液晶テクノロジー 技術本部長 兼 知的財産部長の大井進氏)。こうしたムラは誤診を招くため,当然,医療用途では受け入れられない。表示ムラを低減するためにパネル・ギャップ(液晶材料を挟み込む2枚のガラス基板の間隔)のバラつきを抑えるなど,より高度な製造技術が必要になる。

注1)カラー・フィルタの顔料が外光を分散するため,コントラスト比を下げてしまう。カラー・フィルタを取り外すのは,コントラスト比の向上のほか,輝度を高めるという理由もある。

500万画素品も必要に

 製造技術だけでなく,医療向け液晶パネルには,民生機器向けよりも極めて高い幾つかの性能が求められる。見る角度による階調特性の変化の少なさ,精細度や輝度の高さ,階調数の多さ,寿命の長さ,などである。

図2 階調特性を緻密に合わせる
医療向け液晶モニタの階調特性は通常, 医療用デジタル画像ネットワークの標準規格「DICOM( digital imaging and communications in medicine)」で規定された標準表示関数「GSDF(grayscale standard display function)」に合わせている(a)。IPS方式の液晶パネルは一般に,斜めから見ても階調特性が大きく変化しない特徴を備える(b)。グラフは,IDTechが測定した視野角別の階調特性のデータである。VA(MVA)方式のパネルは,視野角を変えると階調特性も大きく変わることが分かる。測定した視野角は,0度(正面),±10度,±30度,±46度,± 66 度,± 80 度の11 種類である。(図:(a)はナナオ,(b)はIDTechの資料を基に本誌が作成)
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 医療向けの液晶モニタは,どのメーカーの製品でも同じ診断ができるように,基本的には同じ階調特性に合わせている(図2)。この特性が,見る角度によって大きく変わるようでは使いものにならない。そのため,見る角度による階調特性の変化が少ないと評価される「IPS方式」の液晶パネルが医療向けの主流となっている。「多くの医師が『IPS方式でなければ使えない』という評価を下している」(複数の液晶モニタ・メーカー)。

 精細度の高さも,医療向けでは必須となる。X線画像診断用などでは「3M(メガ)品」と呼ばれる2048×1536画素品が主流という。より細かい病変組織の観察が必要なマンモグラフィ用モニタには「5M品」となる2560×2048画素のパネルが必須だ。こうした画素数を20インチ型前後の画面寸法で実現しなければならないため,パネルの精細度は極めて高い。これに対してテレビ向けでは「フルHD」対応品でも30インチ型~40インチ型という画面寸法で1920×1080画素を実現しているにすぎない。