1999年9月21日午前1時47分。
マグニチュード7.6の巨大地震が台湾を襲った。
産業界への影響として,大きく取りざたされたのは,
パソコン関連の部品の供給不足である。
メイン・ボードやDRAMなど,主要部品が相次いで値上がりした。
年末のパソコン商戦への影響は必至である。
もっとも,部品の品不足は短期間で収拾しそうだ。
すでに製造業は落ち着きを取り戻している。
これで台湾のエレクトロニクス業界は安泰かと言えば,
実はそう言い切れそうもない。
地震がもたらした影響をつぶさに見ると,台湾の製造業が抱える問題点が浮かび上がってくる。

 1999年9月21日の大地震から約2週間。10月初旬の台北の街は,地震があったことを感じさせないほど活気に満ちていた。台湾の北端に近い台北は,中部の震源地から遠く離れており,それほど大きな損害を被らなかった。10月8日からは,同市の貿易センターで電子部品の見本市が開かれ,例年並みのにぎわいをみせた(図1 )。

図1 半導体工場に被害
台湾の各地域ごとに主に製造されている部品を示した。今回(1999年9月)の地震で製造設備に被害があったのは,主に新竹地域にある半導体工場。他の地域では,製造設備への被害はあまりなかった。台中には,パソコン関連ではないが,セイコーエプソンの関連会社の小型液晶パネル工場などがある。セイコーエプソンによると,製造設備への大きな被害はなかったという。(a)は台北市で1999年10月8日~12日に開催された電子部品関連の見本市「TAITRONICS ’99―Components & Equipment」の様子。約900社の電子部品メーカが出展した。会場は参加者でごった返し,地震の直後であることを感じさせなかった。(b)は桃園にある台湾ASUSTeK COMPUTER INC.のパソコン用メイン・ボードの製造設備。撮影は地震前だが,地震後もほぼ同じ状態という。(c)は新竹にある台湾UMC(United Microelectronics Corp.)の製造設備。外観からは地震の影響は感じられない。1999年10月8日撮影。(図:Taipei Computer Associationへの聞き取りを基に日経エレクトロニクスが作成,写真:(a),(c)日経エレクトロニクス, (b)ASUSTeK COMPUTER INC.)
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 台北の街と同様に,台湾の製造業を代表するパソコン産業の被害は,修復に何カ月もかかるほど甚大ではなかった。震源地の近くには,パソコンに関連する工場はあまりなかったためである。台北の近郊に多いパソコンの組み立てやメイン・ボードの製造を手がけるメーカは,すでに通常のペースで生産を再開している。台北の南西約60km,新竹の工業団地に集中する半導体工場も,処理能力は現在までに100%近くまで回復した(図2 )。台湾の製造業は,数週間分の生産を縮退しただけで,いまでは以前の落ち着きを取り戻している注1)

注1)今回(1999年9月)の地震をキッカケに,台湾メーカの海外進出のペースが速まるとの見方がある。すでに半導体メーカは,生産拠点を一カ所に集中していると災害で生産が中断するリスクがあるなどの理由から,生産拠点を分散させ始めた。たとえば最大手のTSMCは,台湾・新竹の拠点のほかに,米国Washington州にある工場がすでに稼働している。シンガポールや台湾の台南にも工場を建設中。2番手のUMCは,新竹以外では,日本に生産拠点があるほか,台南に工場を建設中である。このほかパソコン用メイン・ボード・メーカなどは,人件費や土地が安い中国に生産拠点を移しつつある。

図2 約10日でほぼ復旧
新竹地域の半導体大手の工場は,地震後約10日で以前に近い状態まで回復した。(a)は台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Co.,Ltd.)の製造ラインで,1999年10月5日に撮影。(b)は台湾UMC(United Microelectronics Corp.)の製造ラインで,10月8日に撮影した。(写真:(a)TSMC,(b)日経エレクトロニクス)
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半導体工場と電力供給に被害

 地震の被害のなかでもパソコン業界に影響が大きかったのは,半導体工場における製造設備の損壊と,地震後の電力の供給不足である。いずれも,パソコン関連の部品の出荷遅れを招いた。