2009年6月に公表された新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のロードマップ*1。そこには電気自動車向け2次電池の価格を,2010年に 10万円/kWh,2015年に3万円/kWh,そして2030年以降には5000円/kWhまで引き下げるという目標が掲げられている。特に,ガソリン エンジン車との競争力の分岐点になる3万円/kWhを2015年までに実現することは,必達目標と自動車メーカーはとらえており,その先陣争いが既に激化 している。

*1 正式名称は「NEDO次世代自動車用蓄電池技術開発ロードマップ2008」。電気自動車やハイブリッド車の普及を促すために,2次電池の性能向上とコスト削減の期限付き数値目標をまとめている。

 日産自動車副社長の山下光彦氏は「20年も先のことは誰も分からない。しかし,数年後の性能とコストはロードマップを参考にしながら,その達成に積極的に挑んでいく」と話す。では,具体的にはどんな取り組みが進んでいるのだろうか。

 現在進んでいるコスト削減のシナリオを読み解くには,(1)量産効果の最大化(2)正極や負極などの技術開発(3)電池パックの2次利用─の三つの観点を定めると理解しやすい(図1)。そしてこの三つに,長期的な基礎研究として,リチウム(Li)イオン2次電池を超える革新的な新電池の開発が加わるというのが全体像 だ*2。以下では,この三つの視点に沿って電池の状況を立体的にとらえていきたい。

*2 Liイオン2次電池を超える新型2次電池の研究は「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」という名称の国家プロジェクトとして,オールジャパン体制で 進められる。2009年7月に京都大学内に研究拠点としてNEDO革新蓄電池開発センターが開設された。トヨタ自動車,日産自動車,本田技術研究所など自 動車関係5社,電池関係7社,大学など10機関が参加する。これらの参加機関は,同センターに常駐する研究員を出して共同研究を行う。期間は7年で210 億円が投じられる。

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図1●Liイオン2次電池のコスト削減の道筋

量産効果を最大に

 長年Liイオン2次電池の研究開発に携わってきた研究者は,こう振り返る。「少し前までは,売れるかどうか分からない電気自動車向け2次電池の開発に電 池メーカーは熱心とはいえなかった。ましてや,量産設備への投資などは想定外」。電池メーカーだけではない。正極や負極の材料,セパレータ,電解液といっ た主要部材を供給する材料メーカーの反応もつれないものだったという。これらは汎用品ではなく,仕様を指定した特注品。少量生産では材料費は下がらない。 主要部材が高止まりしていては電池自体が安くなるはずもなかった。

 つまり,電池のコスト削減には,電池メーカーだけでなく,材料メーカーの出方がカギを握る。材料メーカーが自動車向けLiイオン2次電池の将来性を確信し,量産のための投資を行わなければ話が前に進まない。

 ところが,ここ2~3年で大きく状況が変わった。東芝電力流通・産業システム社二次電池システム技師長の本多啓三氏はこう指摘する。「こちらが購入時期 と量の計画を示せば,『それなら,この価格で供給できます』と応じる材料メーカーが増えてきた」。複数の候補の中からコスト・パフォーマンスに優れる材料 メーカーを選べるようになったのだ。電気自動車向けLiイオン2次電池の量産は,材料メーカーを巻き込むことに成功したのである。

 例えば,戸田工業は2011年初めの稼働を目指し,Liイオン2次電池の正極材料の量産工場を米国に新設する計画だ。2015年までに生産能力を段階的 に引き上げ,4000t/年にする計画である。現在の生産能力が1000~2000t/年なので,2倍以上になる。しかも,この工場新設には米国政府から 助成金が付く。「総投資額は70億円だが,その半分を米国政府からの助成金で賄う」(同社)としている。

 この助成事業は,Barack Obama(バラク・オバマ)米大統領が2009年8月に明らかにしたもので,電気自動車の開発・製造の支援に総額24億米ドル(約2300億円)が用意 されている。助成金の利用で工場新設の投資が半額で済めば,電極と電池のコスト削減に大きな効果を上げるはずだ。

 日産自動車の電気自動車「リーフ」向けにLiイオン2次電池の正極材料を供給するNECトーキン(本社東京)も,正極材料の生産ラインの新設を進めてい る。2009年度からの3年間で110億円を投じる。新設ラインはNECの相模原事業所内に設置していく。このプロジェクトに対しては神奈川県が10億 円,相模原市が5億円の助成を行っている。

 このほか,JFEミネラル(本社東京)や住友セメントが,電気自動車を視野に入れた正極材料の製造に参入。負極材料では三菱自動車の「i-MiEV」向けに供給する昭和電工が,2012年中に生産能力を現状の3倍の3000t/年に引き上げると発表している。

 電解液やセパレータでは国内メーカーの生産能力増強だけでなく,「韓国や中国のメーカーが日本市場に参入してきた」(NEDOで,自動車向け次世代2次 電池を開発する国家プロジェクトを担当する,燃料電池・水素技術開発部主任研究員の小林弘典氏)。こうして,電気自動車用Liイオン2次電池のコスト削減 の環境はほぼ整った。

ハイブリッド車向けとは違う