市居らは急遽,HDモデルの開発を急ぐ。ASICや画像センサといった基本技術は短期間に完成したが,画質の調整が最後まで難航した。事業部長をはじめ,社内には過去にビデオ・カメラ事業を手掛けた面々がそろっている。「これはHD画質の絵じゃないな」といった批判が会議のたびに出た。市居らが日報の提出を義務付けられたのも,このころのことだ。画質を改善してはボロクソに言われる日々が3カ月も続いた。

 画質の改善が難航したのは,「特殊な撮像素子を使っていたからだ」と,技術担当の春木俊宣(現・デジタルシステムカンパニー DI事業部 技術部 部長)は言う。HDモデルで採用した撮像素子は特殊な読み出し方式を採用しており,画質の調整が難しかった。さらに,H.264/MPEG-4 AVC形式で圧縮する際の歪みの問題もあった。動きの激しいシーンでは,どうしてもノイズが目立ってしまう。春木は,圧縮パラメータを細かくチューニングすることで,何とか切り抜けた。

 XactiのHDモデル「DMX-HD1」は2006年2月に発売した。HDV規格のビデオ・カメラは既に多数登場していたが,SDメモリーカードにH.264形式で記録する小型・軽量モデルはまだ珍しく,予想以上に注目を集めることができた。

苦肉の放熱対策

 HD1で手応えを感じた市居らは,フルHD(1920×1080画素)モデルの開発に乗りだす。データ量の増加に伴いチップの発熱が懸念されたため,春木らは外部メモリにほとんどアクセスせずにH.264形式の圧縮を行えるLSI技術を開発し,低電力化を図った。それによって,従来は別チップだった ASICとH.264エンコーダを1チップ化することにも成功した。「今でも,ここまで1チップ化できているメーカーは少ない」(春木)と胸を張る。

メイン基板を収めるグリップ部は,電池を除くと非常に 薄い。このため,フルHD対応機ではチップの発熱が問 題になった。

 ただ,それでも放熱は追い付かなかった。フルHD化に伴って動作周波数が上がっていたからだ。メイン基板を収めるグリップ部は電池を除くとわずかな空間しかなく,撮影中に握っている手が熱くなってしまう。

 春木らは苦肉の策として,グリップ部にわずかな膨らみを設けることにした。グリップ内の空間を少しでも広げることで熱を拡散しやすくするのである。「付け焼刃の対策であり,技術屋としてやりたくはなかった。が,背に腹は代えられなかった」(春木)。

 フルHDモデルの「DMX-HD1000」は,2007年9月に発売された。ほぼ同時期に松下電器産業(現パナソニック)が発売した,SDメモリーカードを使ったフルHD対応のビデオ・カメラに比べ,大きさ,重さ,消費電力のすべてで勝っていた。Xactiはビデオ・カメラを作り続けてきたメーカーの製品と肩を並べるところまで成長したのである。

 Xactiの出発点はデジタル・カメラのオマケ機能として搭載した簡易動画機能にすぎなかった。それを丹念に育て続けることができたのは,1995年にビデオ・カメラ事業から撤退した苦い経験があったからだ。「ビデオ・カメラでリベンジを果たしたい」─。技術者たちの思いは14年の時を経て,ようやく実現されつつある。

─終わり─