前編より続く

 苦労を重ねて量産試作機を作り上げたものの,グリップ部のフタが開くという想定外のトラブルが起きてしまった。解決するためには,フタをロックするレバーを小型化しなくてはならない。それには金型を大幅に変更する必要があった。金型はほぼ完成し,一部の成形部品は量産に入っていた。購買部門は「あまりにもコスト意識がなさすぎる」と激怒した。

「コスト意識がなさすぎる」

量産試作機では,操作中に誤ってグリップ部のフタが開 いてしまう問題が発生した。製品では,フタをロックす るレバーを小型化して解決している。

 しかし,坂地らは引き下がるわけにはいかなかった。前作の生活防水モデルでは,肝心の夏季を逃したために販売が低迷した苦い経験がある。ここで完全防水モデルの開発が遅れてしまえば,同じ失敗を繰り返すことになりかねない。坂地らはすぐに,問題の量産試作機を購買部門に持ち込んで説得を始めた。「このフタが開いたら防水モデルにならないんですよ」─。購買担当者は実際にグリップを握ってフタが開くことを確認すると,あきれながらも金型変更を承諾してくれた。

 完全防水モデル「DMX-CA65」は無事,夏に合わせて2007年6月に発売された。販売は好調に推移し,冬場になってもスキー用途で売れ続けたことから,Xactiシリーズの中で最も売れた機種の一つになった。完全防水という前例のないテーマに手探りで挑んだ技術者たちの気概が結果的に,成功につながった。2年前に新入社員の坂地が抱いた「水中でもXactiを使いたい」という率直な思いは,こうして現実のものになった。

「これはHD画質じゃない」

三洋電機 デジタルシステムカンパニー DI事業部 DI企画部 DI企画課主任 企画員の市居伸彦氏(左)と,同事業部 技術部 部長の春木俊宣氏(右

「おまえら,今日から日報書いて提出しろ」─

 2005年末,XactiのHD(1280×720画素)モデルを担当した市居伸彦(現・デジタルシステムカンパニー DI事業部 DI企画部 DI企画課 主任企画員)は,上司の怒号を浴びていた。HD画質を売りにするモデルにもかかわらず,肝心の画質がなかなか改善しなかったからだ。市場では既にHD対応の小型ビデオ・カメラが登場している。市居らには一刻の猶予もなかった。

 三洋電機がHDモデルの開発で出遅れたのは,着想が遅かったからではない。HD化のアイデア自体は,グリップ型の初代Xacti「DMX-C1」が登場した直後の2004年ごろからあった。ただ,「HD化は早すぎる」との見方が社内に強く,開発の許可が下りなかった。2004年の段階ではHD対応の民生用ビデオ・カメラはほとんどなく,HD対応のテレビについても,家庭への普及率は10%未満の状況だったからだ。

 結果的にHDモデルの開発は2005年早春に持ち越されたが,この判断は遅すぎた。その直後の2005年5月にソニーが,HDV規格(1440×1080画素)の小型ビデオ・カメラを発表してしまう。ソニーの製品はXactiのようなSDメモリーカードを使ったものではなかったが,小型のHD対応機で先を越されたのは明らかだった。