「ということで,2代目イオンチェンジャーを使えば,毎日洗濯したとしても塩を入れる手間は1カ月に1回ですむようになります」
「いやー,小池さん,こりゃまた,考えたもんだね」
「ここしばらくは,寝ても覚めても水のことばっかりでしたから」
「そうらしいね。イオンチェンジャー教の教祖にでもなったんじゃないかって,研究所の方が言ってたよ」
「え?」
「いや,いや,よく出来てる,ハッハッハ」
この吉報に大きく胸をなで下ろしたのが,多賀工場の開発部隊の現場監督,大杉寛氏である。大杉氏の役目は,現場の技術者をしかり,おだて,発売に間に合うように開発すること。改まった場では上司の鹿森保氏が矢面に立つが,実際の現場の指揮は大杉氏が執る。
「ま,あとはまかせてちょうだい」
開発の舞台は,ついに多賀工場へと移る。
塩が1週間ももちません
2カ月後――。
「イオンチェンジャーの方,どうよ?」
「これ,研究所ではちゃんと1カ月分もったんですよねぇ。指定通り塩を500g入れてやってみたら,あっという間に溶けてなくなっちゃうんですけど」
「水の流量は,小池さんとこと同じにした?」
「ええ。バルブ(電気弁)の開く時間をその量に合うように設定してます」
「ホントかぁ?見てっから,ちょっとやってみて」
確かに塩は見る見るうちに溶け,1週間分,洗濯機を回しただけでほとんどなくなってしまった。百聞は一見にしかず。あまりの惨状に大杉氏は顔をこわばらせる。
「ただね,どれもこんな状態というわけでもないんです。1週間しかもたないのもあれば,3週間近くもつのもある,なんて具合で」
「……」
「そもそも,小池さんの指示が厳しすぎるんじゃないですか。40ccプラマイ10%なんて。この手のバルブじゃあ,そこまでの制御はできませんからねぇ」
「他のバルブに取り換えてみた?」
「あっ,一応。でも,ダメですよ。これぐらいの価格帯だと,ほかも似たり寄ったりなんです。研究所が要求する精度はとてもとても。それに,問題はこのバルブだけじゃないんです。逆止弁からも少し水漏れがあるみたいで」