そのときライバル・メーカの松下は

 大阪府豊中市の松下電器産業 三国工場。

「せーの,ばんざーい,ばんざーい,ばんざーい」

 洗濯機事業部は,8月1日に発売した遠心力洗濯機の躍進ぶりに沸いていた。出荷台数は,1997年の前モデルに比べ2倍のペースで伸び続け,発売3カ月にして10万台を突破するという快挙を成し遂げたのだ。

 まずは「遠心力=衣類を傷めない」というアピールが消費者をひきつけた。さらには通産省の「グッドデザイン賞」,ワールドフォトプレスの「スーパーグッズ・オブ・ザ・イヤー グランプリ」,日本経済新聞社の「日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞」と,数々の賞を受賞したことで,反響はどんどん大きくなっていった。

図A-1 藤井裕幸氏
松下電器産業 電化・住設社 洗濯機事業部 技術部 主席技師。

 この予想を上回る評価に,人一倍喜びを味わっていたのが藤井裕幸氏である(図A-1)。

布団丸洗いが気になってな

 1994年のある休日,藤井氏は京都の親戚の家に向かって,名神高速道路を走っていた。

「ちょっと,お父さん,いまの所で降りるんちゃうの?」
「もうちょっと,ええかぁ」

「どこ行くん?寄り道したら,約束の時間に遅れてまうで」
「ちょっとだけやから」

「ほんま,ちょっとだけよ」

 そうは言ってみたものの,藤井氏自身もどこまで行けばいいのやらまったく見当がつかない。高速道路を走り始めて,ふと目に飛び込んできた「ふとん丸洗いします」の文字。そう書かれたバンをひたすら追っているうちに,ここまで来てしまったのだから。

「お父さんな,いま新しい洗い方ができる洗濯機を考えてるとこなんや。せやから,あの布団丸洗いっちゅうのが,えらい気になってな。追いかけるで,電話番号見えたらメモしてや」

図A-2 松下電器産業の「遠心力」洗濯機
1998年8月に発売した初代機「NA-F800P」。

「もう,なんやねん」

 運良く相手の車がサービス・エリアで止まり,めでたく電話番号を手に入れることができた。なんとか家族の機嫌を損ねずに済んだようだ。

 早速メモの場所に電話し,その週のうちに丸洗い工場を見学させてもらうよう約束を取りつける。この見学が,遠心力洗濯機開発の重要なヒントになったのだった。工場では,丸めた布団に中心からシャワーで同心円状に水をかけ,同時に脱水していた。こうすることで,水が布団を通過し,そのときに汚れが洗い流されるのだという。遠心力を使っての水の通過洗い,という遠心力洗濯機の原理がここにあった。

 松下電器産業が回転力従来比2倍のモータを開発,遠心力洗濯機を世に送り出したのは,これから4年後のことである(図A-2)。