COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

最終回:売れすぎたら困るから…(下) 

田野倉 保雄=日経エレクトロニクス
2011/01/20 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2000年5月8日号 、pp.131-134 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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前編より続く
図3 「PM-700C」の発表会のようす
1996年10月22日,東京で開催された。多くの記者が詰め掛けた。(写真:セイコーエプソン)

 その後,開発は一気に加速し,1996年10月,ついにそのプリンタの発表会を迎えることになる(図3)。機種名は「PM-700C」。PMとは,「Photo Mach Jet」の略である。それまで同社のプリンタで代々使ってきた「MJ(Mach Jet)」という呼び名をやめ,あえて「写真画質」を強調する名前に替えた。「Photo」という言葉を製品名に付けても恥ずかしくないプリンタが,ついに完成したのだ。

「本当は写真じゃないのか」

 写真画質へのこだわりは,それだけではなかった。新たに開発し,写真に近い手触りや紙質を実現した専用紙の裏面には,「EPSON」という名前を写真の裏面と同じように模様として入れた。当時のようすを開発者の一人,碓井稔氏はこう語る(図4)。

図4 プリント・ヘッド開発を主に担当した碓井稔氏
今後も碓井氏らが中心となって新たなプリンタの開発に挑む。(写真=小杉善和)

 ――発表会にきた記者のなかには「これじゃあ,写真と見間違える」とか「本当は写真じゃないのか」なんて言っている人もいたほどです。写真ではないというのを説明するのが大変やら,うれしいやらで…。ただ,こうした反応を見て「このプリンタは絶対売れる。いけるぞ」って確信しました。

 個人的には,とてもバランスの取れたプリンタだったと思います。価格はそれまでと同じ5万9800円でしたし,カラー画像はもちろんモノクロ画像もいい。かといって,これらを実現するために何かの機能を犠牲にしたわけでもない。

 ただ,ちょっと心配だったのは,当時はまだディジ・カメなどがそれほど普及していなくてね。印刷する画像データ自体が不足していた。

 でも,このプリンタで印刷したサンプル画像を見れば「画像データを自分で作り出してでも,何かを打ち出してみたい」という気持ちが起こってくると思うんです。そんなプリンタって,当時なかったでしょ。自分で言うのもなんですが,「これなら自分で買ってもいい」って思いましたね。

生産が追い付かない

 実際,「PM-700C」の発売後,ウチのプリンタ生産工場はすぐフル稼働状態になった。とにかく,すごかった。年末には大量の受注残があるにもかかわらず,さらに次々と受注が舞い込んでくる。1機種だけで4割程度のシェアを占めたころには,月産10万台規模になったほどです。

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