二律背反を克服せよ

 なぜ新しい時代のものづくりを考える必要があるのか。それは、ものづくりの歴史を振り返ることで見えてくる。19世紀末にフレデリック・テイラーが科学的管理法を提唱して、マネジメントを属人芸から科学に変えた。20世紀初めにはヘンリー・フォードがベルトコンベヤ方式を編み出してものづくりを家内手工業制から大量生産制に置き換え、劇的な生産性の向上を実現した。これによって、それまで高額だった自動車を大衆でも購入できるようにした。そして、ゼネラル・モーターズ(GM)元会長のアルフレッド・スローンが「ワイドバリエーション戦略」を編み出して、自動車としての基本機能だけを追求した黒一色の「T型フォード」に飽き足らなくなった顧客を取り込み、製品多様化の時代の幕を開いた。一方でトヨタ自動車は、少量多種生産でも米国の大量生産方式に対抗できる「リーン生産方式」を編み出し、21世紀初めにはついに競争関係を逆転させた。20世紀の自動車を中心としたものづくりの変遷はすべての産業に影響を与え、実にドラスティックでエキサイティングな変化の時代であった。

 ところが、21世紀に入って、全産業は好むと好まざるにかかわらず、経済活動を行う上である条件を満たすことが必要になった。それは、省資源と地球環境保全である。これまで無限と思われてきた地球資源と地球環境が有限であると認識され始めたのである。地球環境保全をうたった京都議定書の国際的な批准の推進や、日本の民主党政府による「温室効果ガス25%削減」(2020年までに1990年比)宣言によって、顧客第一主義のものづくりは終焉した。

 しかし、人間はいったん手に入れた利便性を手放すことは難しい。従って、省資源や地球環境保全をしながらも顧客志向のものづくりを追求するという、新たなものづくりが求められている。このような観点から、ジョセフ・パインは「マス・カスタマイゼーション」を提唱した。当時は「これぞ21世紀型のものづくりの姿である」と大きな脚光を浴びたが、部品の少数化と製品の多様化は二律背反事項なので、マス・カスタマイゼーションを実現する有効な方法論が確立できず、そうした機運は高まらなかった。しかしながら、マス・カスタマイゼーションが依然として21世紀型のものづくりの理想形であることに変わりはない。日本人の特性である「擦り合わせ能力」(緻密さ、器用さ)を活かせば二律背反を克服する可能性がある。

手強い競争相手に打ち勝つ

 日本の製造業に目を転じると、総じて閉塞感に覆われているといえる。2008年秋のリーマンショックに端を発した世界同時不況でも、韓国、台湾、中国、インドなどのアジア勢の経済は大きな衝撃を受けず、一層の成長を目指して発展を続けている。日本にとってこれらのアジア圏は大きな市場であるが、一方で現地の新興メーカーは新たな脅威でもある。先進国を主な市場としてきた日本がこれらの手強い競争相手に対抗して巨大な市場を獲得するには、日本がこれまで蓄えてきた知識を生かして、独自のものづくりの境地を開拓しなければならない。そのために、モジュラーデザインが必要なのである。次回以降、日本企業が飛躍するためのモジュラーデザインについて、その内容を詳細に紹介していく。